昨日の記事を書いてから橋の下出身者
(←橋の下で拾ったと言われた人)
は私だけでなく、全国的な子育てジョーク
として特別なものでないとわかって、
同じ言葉でも受け取り方が違ってて
逆に言葉は同じでも解釈は人それぞれで
兄弟やシチュエーション、環境など
本当は全く同じにはならない。
でも私は今回のことで、
視点が違ったりそんな考え方があるんだと
「考え方の違いを知ること」が
私の最大興味だとわかった。
だから
言葉だったりデザインだったり
フィットする表現方法を
模索することが楽しい
んだと思う。
「要らない子」と思わずにいる人も
いると思ったら、それこそ「個性」で
私はたまたまそっちの方を信じたんだなぁ
と思う。
心屋さんはコントって表現してるけど、
私の感覚としては、その事を
「笑えるようになったら勝ち(終了)」
って思うことはある。
渦中で怒りをぶつけたりとか、
人のせいにするのではなく
私、そんな事思ってたんや・・・
って自分で気がつけたら
「なぁんや、ウケる!」
って感じ🤣
勝ち負けの世界だったら
自分は悪くない、相手が悪いから
この事例の場合、
親を責めるってことになるけど
親に伝えて謝ってもらったって
この気持ちが報われる事はない。
謝ってもらう事がゴールではないから。
私がやったことは、
愛されてない「感じがした」
事を伝え確認した。
結果、私は愛されていた。
↑ここでも「なぁんや、ウケる」
で脱力
、笑
だから
勝手に思い込んだなぁと気づいた時は
怒って時間を過ごすより
本人に真意を確認した方が早い
よねって思う。
繋がりたい相手だから悲しいし
怒りがわくし。戦いたいんじゃなくて
関係性を育みたいというのが
本当の望みだから。
でも疑いが深い時・被害者意識が強い時は
怒りにまみれてるし、
拗ねて、複雑に気持ちが絡み合って
本心が見えなくなりすぎて
ややこしくなってだけど、
特にこの2年は、
夫と内側のドロドロとした感情を
ドバァ
と、かけ合い笑
と、かけ合い笑段々と心が洗濯されてひねくれが取れて
本音が自分でくみ取れるようになって
お互いめっちゃ楽になった♡
私の場合、一度ノートに書き殴ってから
夫に話したりするけど、
「こう言われると、こう感じたけど、
本当はどうなの?」
って聞けるようになった事が
1番の成長かなぁ。
大切にしたいし、
大切にされたい。
そして安心したい。
という望みに気がつけたのも
素直な気持ちを伝えられて
拗ねたり、察してちょうだいを
やめられるようになったのも
藤本さきこさんや心屋さんを知って
外側の結果や成功があるから
幸せになるのではなく、
先に内側を満たす事
今の自分を明らかに見て受け入れたら
今すぐ幸せになれることがわかったから。
逆やったわ〜〜



知らんかった〜〜



ウケる〜〜



って消化(昇華)され
元が関西人だからか、終わりは
笑って収まる感じが
私にはフィットしてます🤣

