みなさん、おはようございます。

 

「日本の心とは何か?」
 
と問われればなんと答えますか?
 
 
日本の心を古典から
 
出口流の解釈をして読み解いてみましょう。
 
 
 江戸末期に米国の黒船が現れたとき
 
日本中大騒ぎになりましたね。
 
 
かくすればかくなるものと知りながら
 
止むに止まれぬ大和魂

 
この歌は、吉田松陰は日本をなんとしても守ろうという想いの発露です。
 
 
源氏物語の少女の巻に大和魂という言葉が出て来ます。
 
光源氏は、長男の夕霧に宮廷の大学寮で
 
中国の古典を勉強させようとしますが、

 

光源氏の母が反対をします。
 
 
しかし、祖母の反対に対して、
 
才があってこそ大和魂が生きるのだと主張します。
  
 
「なほ才をもととしてこそ、
 
大和魂の世に用ゐらるるかたも強うはべらめ」

この才とは、漢才のことです。
 
技術や能力を本にしてこそ、

 

大和魂が世の中に役に立つようになるのです。
 
と光源氏はお母さんの反対を包み込むのです。

 
中国の知識は
 
大和魂と対立するのではなく
 
大和魂をさらに有効にすると調和と融合を
 
図ったのです。

 

 

この心のあり方こそ

 

紫式部は言葉としては表現していませんが
 
やまとこころではないでしょうか。
 
 
 これは、古事記や日本書記に出てくる
 
言向け和(やわ)す
 
という和の精神の具体的な働きです。
 
 
 同じように
 
神仏を融合させようとする本地垂迹説や
 
反本地垂迹説にも当てはまります。
 
 
 わび茶の祖といわれる村田珠光も
 
「和漢のさかいをまぎらかす」
 
と言っています。
 

明治時代のスローガンである和魂洋才も同じですね。
 
 
 辞書では、大和魂と大和心を同じように扱い
 
 「漢意(からごころ)・漢才(からざえ)」の反対語とさえ
 
記しています。
 
これは、浅い解釈です。
 
 

日本人が異文化に接したときに現れる
 
根源的な想いが大和魂であり
 
その異文化との葛藤を乗り越え
 
融合しようとする働きが大和心ではないでしょうか。
 

 

大和魂は、勇ましさが表に出てきていますが、
 
それをも包み込もうとする大きな心が本当の
 
大和心ではないでしょうか。
 
 
 古事記伝を記した本居宣長はこんな歌を残しています。
 
       敷島のやまと心を人とはば、朝日ににほふ山桜花
 
 交わらないものが高次の視点から交わるとき
 
このような気高い心境になるのではないでしょうか。
 
 
 それは
 
二つの対立軸を高い次元から大調和を計る
 
メタ認知的な「直霊」(なおひ)の働きなのです。
 

今日は、あなたもやまとこころで過ごしてみませんか。