「それでも人生にイエスと言う」というフレーズを知っていますか?
フランス革命のときに、戦火の中で口ずさまれた言葉です。
この言葉を、ナチスドイツのユダヤ人強制収容所から奇跡的に生還した
心理学者ビクター・フランクルの本で知りました。
ある夜、仕事で遅くなり渋谷からタクシーを拾いました。
「○○まで行ってください。」
そして、そこまでの道順を運転手さんに告げました。
「お客さん、それよりも○○通りに入ったほうが、距離が短いですよ。」
「あ、そう。じゃあ。そうして。」
「私はタクシーを始めて1ヶ月なんですよ。でもなかなか良い運転手になれない。
お客さんの言う通りにしたら距離が稼げるのに、それでは高くなってしまうと思って、いつも余計なことを言っちゃうんですよ。」
「その方がずっと良い運転手だよ!!」
私はそんな運転手さんの過去に興味を持ちました。
「タクシーの仕事やる前は、なにやってたの?」
「私は、本当は左官屋なんですよ。
この年になるまで、ずっと日本家屋やお寺の壁を塗ってきたんだ。
でも仕事をくれる工務店が2つ潰れてしまい、ほとんど仕事が
なくなったので、運転手を始めたんです。
ときどき左官の仕事が入れば、タクシーの合間にするんですよ。」
「壁が一人前に塗れるようになるまでに何年くらいかかるの。」
「お客さん、京壁を塗れるようになるには最低でも5年はかかるね。
こての返し方が難しいんだよ。こての返しが同じ方向を向いていないと、
太陽光線の関係でそこだけ色が変わるんだ。」
「職人さんはすごいなあ。その道一筋だもんね。」
「もう本当の壁を塗れる職人は少なくなってきたよ。
ハウスメーカーの家はこの不況下でもたくさん建つけど、
和式の家を建てる人は本当に少なくて、仕事が全然無い。
私の仲間も廃業を考えていますよ。」
「そうか。日本はもともと職人文化だよね。教育方法も違うし、
日本の良さが残っていますよね。これが無くなるのは嫌だよ。」
私達は、話に夢中になっていました。
彼は、日当や材料費、工務店との関係など、いろんなことを教えてくれました。
そして氣がついたら、もう自宅の前に来ていました。
「お客さん、私は今はタクシーしてるけど、
職人は絶対辞めないからね。がんばりますよ。」
そう言うと、彼はお釣りを渡すために私の方を振返りました。
対面したその人は、顔の痩せた初老の方でした。
少し疲れた表情の中で、目がキラリと光って見えたことを覚えています。
胸が熱くなりました。
『それでも人生にイエスと言う!!』というフレーズが、そのとき浮かんできたのです。
