3月11日(日) 入場料は無料で、退場制限はありません。
11:00から(お子様の人数70名様まで)
12:00から(お子様の人数70名様まで)
13:00から ご予約不要です
ご予約は こちら からお願いします![]()
昨日は、プラカノンのなぎやさんへ、お祭りに使うものをお借りしに行ってきました。
日本からのお祭りグッズをお持ちなので、景品等も少し購入させて頂いて。
いつも快くご協力頂いて、本当に助かります。
春祭りはいろんな方のご協力があって出来上がっていきます。
さて、昨夜几帳面娘が大泣きしました。
溢れる涙を抑えきれない娘。
大切なお友達が昨日が最後で本帰国。しかも住所が〇〇県、〇〇市までしか分からなくで、メアドも電話番号も知らない、と今後の連絡が取りづらい情報量。
そして、2年生の時からのお友達で、塾でも仲良くしていた大好きなお友達ももうすぐ本帰国なんだそうで。
『考えると涙が出ちゃうんだよ〜
』
『思い出がいっぱいすぎて辛いの
』
『もう逢えないかもしれないって思うと悲しくて
』
『こんなプレゼントを貰ってね、手紙もくれてね
』
『休憩時間に一緒におかし食べながら、おしゃべりする、たわいない時間が楽しかったんだよ〜
』
いっぱいいっぱい話しながら、身悶えしながら悲しみと戦っている几帳面娘をずっと抱っこして昨夜は話を聞き続けました。
我が家はずっと見送る立場。こうして大泣きする年もあれば、さらっと過ぎていく年も有りました。
私も見送る立場にすっかり慣れてしまったなぁ、と感じていたから、久しぶりに心から溢れ出る切なさを訴える几帳面娘を見守りながら、嬉しさも感じていました。
こうやって、本当に大好きで大事なお友達と、楽しい時間を過ごしてきたんだなぁ、この子は。
そんな気持ちが味わえる学校生活、塾生活を送れて入れて良かったなぁ。
お友達に大好きって言ってもらえて嬉しかっただろうなぁ。
泣きじゃくる娘を抱きしめながら、そんなことを思っていました。
泣きすぎて目が腫れたら恥ずかしいと言いながらも涙が止まらない、こんな事って人生である事。
この子、”生きてる”なぁ、って思いました。
そして、娘が言ったひとことに、ハッとしました。
『みんなが集まって〇〇を囲んで最後泣いてたんだよ。
でも、〇〇の方がずっと辛いと思う。
みんなにお別れ言わなきゃいけなくて、新しい場所で友達作らなきゃいけなくって』
私、見送りながらいつも思っていました。去る人は新生活へのドキドキはあるだろうけれど、ワクワクもあるから、去られる人の方がさみしいなぁって。
でも、そうとは限らない。確かにそうだった。去らなきゃいけない人の方が辛いこともある。
というか、どっちがより寂しいかということではないんだろうな。
お別れの季節です。
さようならを言う切なさよりも、出会えた事を喜ぶ季節にできたらな、って思います。
SNSで繋がっていれば、いつかまた会えるね。また会おうね、と言い合える時代に感謝しながら。



