高野山大学で学ばせて

いただいていることに、
 

 

とても興味と関心を

もってくださった方から、

実は・・・と打ち明けられた

ことがありました。


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私も、いま、断捨離とは違う
学びをしているんですよ、と。

 

 

その学びを運営している団体の

ホームページを拝見したところ、

真言密教から来ているであろう

内容を発見しました。


そこには、私の知っている理解と

まったく違う解釈がなされている

部分がありました。


マントラの扱い。
曼荼羅の扱い。
お経の扱い。
などなど。



諸説ありながらも、当時、
弘法大師空海が遺した「書物」と

全く違っている、という意味です。

 

 

困ったな・・・。

 

 

正誤をふりかざすつもりはないけれど。


けれど、正当な?真言密教の解釈とは
違っていますね、という事実はお伝え

したほうがいい・・・いえ、ちがう。

 

 

違っているようですね、と

お伝えしたいな、と思います。

断定できる立場ではないので。

 

 

そんなの放っておきなさい、と

いわれるかもしれないけれども。

 

 

見て見ぬふりは、よくないなあと
いう判断です。

 

 

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思い出すのは「野狐禅」(やこぜん)

という禅宗の言葉です。

前回の高野山大学のスクーリングで

教えていただきました。

 

 

野狐は人間を化かすキツネをさします。
キツネに化かされたような禅の意味で、

率直に言えば、本物の禅ではありません。

 

 

つまり・・・野狐禅という場合には、
化かされていませんか? となります。

 

 

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私も、野狐禅の先生にドップリ
ハマっていたことがあったなあと

なつかしい記憶がございます。

 

 

あなたは女神なんですよ。
なんでも叶いますよ。
すべて大丈夫ですよ。

・・・と言われまして、

真に受けちゃった(-_-;)

 


色紙や書籍やストーンを買ったり、
祝詞を覚えたり、浄化法を覚えたり。

さまざまなセミナーに参加したり。

 

 

今にして思えば、ウソとも本当とも
言い切れない。そんな学びに思います。

 

 

そしてある時、

その先生の秘書がポロリと言った

内緒話を、傍で聞いてしまった私。

 

 

「みんな、こういうのに
 よくお金はらうわよね」
って。

 

 

しばらくして、その先生は、ご自身の

主宰していた学びの場を閉じました。

今いる生徒たちでは採算がとれない、

と考えたからだそうです。

 

 

さらには、いま、

自分は〇〇の生まれ変わりだと

これまでとは違う御旗をかかげ、

活動を元気に再開されています。
 

 

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断捨離だってそうじゃないの?
アヤシイ勉強とどうちがうの?
といわれることもありますよね。

 

 

もちろん、自覚しています。

こういうことでしょ?

 

↓↓↓

 

 

 

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この手の話に結論は

まったくないんです

 

 

そのうえで大切にしたいのは、
主張をぶつけ合うのではなく、
いまの考えをそっと伝え合う。

 

 

正誤の判断(ジャッジ)をくださない。
それを、言葉だけではなく態度でも示す。

 

 

このくらいで精一杯。でしょうか。

 

 

今日の一枚

 

 夏至来たりグラジオラスの黄色かな
 
黄色いグラジオラスと緑の葉

 

 

 

断捨離®は、提唱者やましたひでこ
個人の登録商標です