断捨離をする時に、
こんな状況になったら、どうされますか。
「家族が片付けません。ためこみます」
「私がきれいに空間をつくっても、
そこにモノを置かれてしまう!」
「収納スペースは家族に占領されます」

じつはこれ、しょっちゅう聞くお悩みです。
つまり、
なんで家族のモノがこんなに多いんだろう?
自分のモノは棚にきれいに収まっているのに、家族のモノがやたら目につく!
だから、つい、
「家族のモノを捨てたいな…」と。
ハッキリ言って、私もそうでした。
家族の鉱物標本、本、書類・・・
「こんなにいるの? 必要ないでしょ」
ということで・・・
断捨離を知る前ですが、コッソリ
捨ててしまい、しこたま怒られました。
ですけど、こういうモノが
しこたまあるんです。
私には価値がわからない!
単なる石コロ・・・。
(と以前はおもっていました)
そして、今日の私はこう感じています。
“これは私のモノ、あれは家族のモノ”
心の中でハッキリと境界線を引いてる”
から争いにつながるんだ、って。
🪷 書籍「無境界」に出会って
というのも私は今、
読書会に参加しています。
読んでいるのが
ケン・ウィルバーの『無境界』
以前、ご紹介しました。
相変わらずとても難しいけれど、
こんなことが書いてありました。
肝心なことはすべて、一対の対立の一つの極みである。善悪、生死、苦楽、神対悪魔、自由対束縛 (p.34)
われわれの生活はおもに境界を設けることに費やされている。(p.38)
境界を設けることは対立をつくりだすこと
対立の世界とは争いの世界である (p.40)
これらの言葉を読んだとき、
強く気づきました。
「家族のモノが邪魔に見える」
というこの感覚。
これこそ、まさに
“心の中に境界線が引かれている”
状態だったと。
🌿 楞伽経の「不二」
仏教経典『楞伽経(りょうがきょう)』
はじめて聞く経典でしたが、これも
ケン・ウィルバーは引用しています。
調べてみると、楞伽経でもお釈迦さまが、
「すべての現象は不二」と教えてます。
「二にあらず」 または 「二に非ず」
ですので、
「自分」と「他人」、
「内」と「外」など、
ふだん分けて考えてしまうものは、
本当は分けられないひとつの世界にあると。
たとえば、家族のモノと自分のモノ。
違うように見えても、
家という空間の中では、
どちらも同じモノの一部。
🏡 家に境界線がある!
そう思ったとき、私はふと感じました。
家って、ひとつの空間で小宇宙。
その中に、私のモノも、家族のモノも、
ぜんぶある。
どれが“私の”で、どれが“あなたの”かなんて、
本当はそんなに大事じゃないのかもしれない。
という発想で、私たちが、
あえて境界線を引かないならば、
断捨離はどうなるのでしょうかね・・・。
🌸 結論:断捨離で境界に気づく
書籍『無境界』を通して、私は、
自分の中にある“境界線”に気づきました。
家族のモノを捨てたくなったとき、
「私は今、どんな線を引いてるんだろう?」
断捨離するとき、
なぜ家族のモノが邪魔と感じるのか?
それは、私が「境界線を引いているから」
対立を超えて争いへ向かっているサイン。
さあ。
まず、感じとることができたから、
次は、手立てを考えていけるハズ。
実際にどうしていくかです・・・
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家族のモノが、邪魔と感じるアナタに
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では、境界線をほどくには?
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いっしょに、感じてみませんか。
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スマホだと表がキレイに見えないようです。
すみません💦
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