こんばんは、わこです。







和尚禅タロット

10 REBIRTH 再誕生




OSHO禅タロットの講座では

NO」が言えない人がよく出すカード

として学びました


講義修了からまだ1ヶ月も経ってはいませんが

昨年の心の学びだったり、

自分の経験上と照らし合わせてみたり、

モニターセッションをさせていただいている今、

NO」の定義が自分なりに噛み砕けた部分もあったので

こうして現時点の記録として残してみます




【ラクダ】

みんなに合わせているものの、

妄想の中では自分が主人公だと浸ってる感じ

ってことは、

「いやだ」「できない」

と断れなくても(主張できなくても)、

心の中(妄想)では発散してるイメージ。


現実世界では口に出したり行動しないものの、

時が過ぎるまでしれっと空気になって、

相手が折れるまでじっとしている

察してちゃんのようだ





【ライオン】

やっと自己主張が体現できるようになったとしても、

自分を守る(生き延びる?)ことに精一杯で、

その言動には攻撃性を含んでいるようにも思える。

相手への配慮や思いやりには欠けてそう。

「自分はこうなんだ!」

って声を大にして言うタイミングは

時に必要だけど、

それだけをずっとやっていたら、

相手も自分も傷ついたり疲弊したりしそう


「何を言ってもいいんだ」

の本質を履き違えてる人もこれなのかなぁ


心の勉強をしてる人がこれに陥る傾向を

目の当たりにしている現実も否めないし

自分も気をつけたいポイントでもある




【笛を吹いてる子ども】

それでもラクダやライオンでいたことにも

ワケがあって、意味があって

(言わなすぎも 言い過ぎも

どっちもやりすぎを経験できたからこそ

バランスが取れたりだとか)


そのプロセスもきっとその人には

必要な学びやプロセスで、


そんな風にみとめ、かつ、

どちらも手放しもできた時に、

こんなふうに無垢に、

本来の自分らしさを解放できる




そんな感じがしたのです




私は相変わらず、ラクダとライオン行ったり来たり


ですが


それもまたプロセスなのです。




どれが善で、どれが悪って

線引きなんてしなくていい


今、自分はどの立ち位置にいるか


それがわかるだけでも

自分の感情と距離を置けている、

俯瞰する第一歩ではないかと思うのです



いつか、この“子ども”のように

ありのまま、ニュートラル

そんな感じの在り方で

生まれ変われる(脱皮)できるといいですよね