スリーマイルから祈り 事故から32年 (ミクシイより)


自宅窓から冷却塔が間近に見える看護師、デブラ・フォマーさん(53)は、「原発自体は怖くなかった。今もそう」と言った。生後3週間の長女を抱えて避難したが、「本当に怖かったのは、世界から専門家が集まったのに誰もどう対処してよいか分からず、無力感が漂ったことだった」。

 フォマーさんは、同じ感覚が日本を覆いつつあるのではないかと気がかりだ。「日本政府はできるだけのことをしている」ように見え、「東電も提示できる情報がなかったのかもしれない」と言い、無力感に負けないでと願った。住民の大半は今、原発との「共存」を静かに受け入れている。事故後に安全管理が徹底されたと評価され、原子力発電所や関連産業が地元の雇用先にもなっているからだ。


 サスケハナ川の東岸、原発正面にある記念碑には「ここで起きたことは世界の原子力産業に変化をもたらすだろう」と記されている。福島第1原発の事故は、世界にどのような教訓を残すだろうか。