終わりははじまり〜女性起業塾への感謝をこめて。
暑さ寒さも彼岸まで、とは本当によく言ったモノですね。
23日を境に本当に寒くなり、我が家はすっかり衣替えを終えました。
本当は迷ったけれど、やはり、私にとってもひとつの区切り。
お世話になった、大好きだった「居場所」についての記事を書いてみたいと思います。
◇◇◇
私と女性起業塾の出会いはたった5年前のこと。
ドリームゲートで相談を受けたことがあった須子はるかさんのご紹介、と言うカタチで
はじめてひとりの女性にお目にかかりました。
お名前は経沢香保子さん。
今思えば、面接のようなランチ(笑)をご一緒したあのときから
いつも彼女にはごちそうしてもらってばかりでした・・・。
当時は彼女の著書、自分の会社をつくるということ、が売れまくっていたとき。
私はあの本を読んで、非常に動揺したひとり。
当時の私は「こんなこと、書いちゃっていいんだろうか」と思ったから
本当に動揺しました。
でも彼女にあって、彼女が頑張ってきた女性起業塾の講師という仕事を
一部引き継がせていただくことになり、おつきあいするなかで
こんなことも書いちゃうのが彼女の魅力であり、つよさなんだ
と思うようになりました。
はじめての出会いから半年あまり。
彼女との10分の面談の中で、外部講師ではなく、彼女の会社、トレンダーズに入って
女性起業塾にがっつりとりくむことを決めたときのことは
今思い出しても笑えます。
それから女性起業塾にどっぷりつかって、
新しいカリキュラムに挑戦したり、
全国いろいろまわってみたり、
内部にいたからかけないこともいっぱいありますが(笑)
はじめて出会って3年近く、女性と起業のことばかりを考えて生きていました。
そして、ジョインさせていただいてある意味ではたった3年で私は自分から
女性起業塾を卒業するというわがままを、当時の社長である経沢さんに伝えたのです。
今から思えば本当にわがままだったと思います。
けれど、私は女性と起業を真剣にとらえたからこそ、
女性起業塾が大好きだったからこそ、
あのままあの場所に居続けてはいけない、と強く思ったのです。
私の卒業は、私にとっての終わりであり、新たなはじまりだったと同時に
女性起業塾がさらに発展していくための新陳代謝のひとつとして
どうしても欠かせないものだったのだろうと思います。
残念ながら、私は一社員という立場では起業の講師を続けられるだけの
新鮮なインプットとマインドを維持することができず、
でも、当時、それでもやれるだけノウハウが蓄積できてしまっていました。
それでいいセミナーもあるでしょう。
でも、私は女性起業塾をそんなセミナーにしたくはありませんでした。
やめることでしか、発展させられないなんて、
なんて情けないやつだったんだろう、と思いますが
当時の私の精一杯でした。
そんな私の愛した女性起業塾。
今月末の講座が終了し、いったん、充電期間に入るそうです。
その連絡を何ヶ月か前に私の元部下である山口さんがわざわざくださいました。
寂しくも感じましたが、
この終わりはやはり、次への前向きなはじまりなのだとわかっていたので
その決断をされた塾長の女性起業塾への思いを察するに
断腸の思いもありながら、今はきっとわくわくされているのだろうと想像しています。
何かを大切にずっと続けていくことも本当に価値あることでステキなこと。
でも、それと同様にさらに発展するためにあえて終わらせて、
それによって新しくはじまることもとってもステキなこと。
ここまでひっぱって、継続されてきた経沢さん、
一緒に塾生さんと向き合ってくださった講師の先生方、
本当に人生かけて、全力で頑張ってくださった塾生のみなさん、
卒塾後も協力を惜しまなかったメンターのみなさん、
一緒に事務局として盛り上げて、塾を愛した歴代の事務局のみなさん。
みなさんに心から感謝し、
そんな居場所であった女性起業塾にありがとう、といいたいと思います。
離れて2年もたった私が、今更こんなことを書くのはどうなんだ、とも思いましたが
あふれる感謝の思いから、ということでどうかお許しを。
最後になりましたが、
今期のご卒業のみなさん、本当におめでとうございました。
23日を境に本当に寒くなり、我が家はすっかり衣替えを終えました。
本当は迷ったけれど、やはり、私にとってもひとつの区切り。
お世話になった、大好きだった「居場所」についての記事を書いてみたいと思います。
◇◇◇
私と女性起業塾の出会いはたった5年前のこと。
ドリームゲートで相談を受けたことがあった須子はるかさんのご紹介、と言うカタチで
はじめてひとりの女性にお目にかかりました。
お名前は経沢香保子さん。
今思えば、面接のようなランチ(笑)をご一緒したあのときから
いつも彼女にはごちそうしてもらってばかりでした・・・。
当時は彼女の著書、自分の会社をつくるということ、が売れまくっていたとき。
私はあの本を読んで、非常に動揺したひとり。
当時の私は「こんなこと、書いちゃっていいんだろうか」と思ったから
本当に動揺しました。
でも彼女にあって、彼女が頑張ってきた女性起業塾の講師という仕事を
一部引き継がせていただくことになり、おつきあいするなかで
こんなことも書いちゃうのが彼女の魅力であり、つよさなんだ
と思うようになりました。
はじめての出会いから半年あまり。
彼女との10分の面談の中で、外部講師ではなく、彼女の会社、トレンダーズに入って
女性起業塾にがっつりとりくむことを決めたときのことは
今思い出しても笑えます。
それから女性起業塾にどっぷりつかって、
新しいカリキュラムに挑戦したり、
全国いろいろまわってみたり、
内部にいたからかけないこともいっぱいありますが(笑)
はじめて出会って3年近く、女性と起業のことばかりを考えて生きていました。
そして、ジョインさせていただいてある意味ではたった3年で私は自分から
女性起業塾を卒業するというわがままを、当時の社長である経沢さんに伝えたのです。
今から思えば本当にわがままだったと思います。
けれど、私は女性と起業を真剣にとらえたからこそ、
女性起業塾が大好きだったからこそ、
あのままあの場所に居続けてはいけない、と強く思ったのです。
私の卒業は、私にとっての終わりであり、新たなはじまりだったと同時に
女性起業塾がさらに発展していくための新陳代謝のひとつとして
どうしても欠かせないものだったのだろうと思います。
残念ながら、私は一社員という立場では起業の講師を続けられるだけの
新鮮なインプットとマインドを維持することができず、
でも、当時、それでもやれるだけノウハウが蓄積できてしまっていました。
それでいいセミナーもあるでしょう。
でも、私は女性起業塾をそんなセミナーにしたくはありませんでした。
やめることでしか、発展させられないなんて、
なんて情けないやつだったんだろう、と思いますが
当時の私の精一杯でした。
そんな私の愛した女性起業塾。
今月末の講座が終了し、いったん、充電期間に入るそうです。
その連絡を何ヶ月か前に私の元部下である山口さんがわざわざくださいました。
寂しくも感じましたが、
この終わりはやはり、次への前向きなはじまりなのだとわかっていたので
その決断をされた塾長の女性起業塾への思いを察するに
断腸の思いもありながら、今はきっとわくわくされているのだろうと想像しています。
何かを大切にずっと続けていくことも本当に価値あることでステキなこと。
でも、それと同様にさらに発展するためにあえて終わらせて、
それによって新しくはじまることもとってもステキなこと。
ここまでひっぱって、継続されてきた経沢さん、
一緒に塾生さんと向き合ってくださった講師の先生方、
本当に人生かけて、全力で頑張ってくださった塾生のみなさん、
卒塾後も協力を惜しまなかったメンターのみなさん、
一緒に事務局として盛り上げて、塾を愛した歴代の事務局のみなさん。
みなさんに心から感謝し、
そんな居場所であった女性起業塾にありがとう、といいたいと思います。
離れて2年もたった私が、今更こんなことを書くのはどうなんだ、とも思いましたが
あふれる感謝の思いから、ということでどうかお許しを。
最後になりましたが、
今期のご卒業のみなさん、本当におめでとうございました。