奈良神社ツアー(その1)〜玉置神社 の続きです。

 

玉置神社を出る時点で、どんどん雲が厚くなってきました。

 

どうしようかな、帰るにも中途半端な時間。

でも、遅くなって山の中で大雨に降られても

超怖いし。。。

 

。。。って少しだけ迷いましたが、

ここまできたら、

行けるところまで行くしかないでしょう🎵

 

というわけで、全く予定していなかった

天河大辨財天社へ!

 

 

 

 

 

 

実はこちら、玉置神社への運転の途中、

 右右矢印十津川(玉置神社)方面

 左左矢印天川

って標識を見つけてしまったものだから、

「あ!こっから天河さんにも行ける〜✨」

ってなりまして💦

 

じゃあ行こう🎵

ってことで行くことにしました。

 

でも、ナビさんのいうルートだと

「路肩崩れのため車幅2m以上の車両通行禁止」びっくりなんておまけもあり。

 

迂回路でも、車一台がやっとの道路が延々と続く💧ジモティと思われる車が楽々と交差する技に「さすが!」のイイね!ボタンを押し。(心の中でね♡)

 

途中途中に

「落石注意!」の看板が頻繁にあってアセアセ

「そんなこと言ったってさ、車の真上に落ちてきたら避けようないしー」とツッコミを入れつつ、

 

無事到着おねがい

 

着いた途端に、浄化の慈雨が。

 

昨年こちらに伺って、敷地内でハープを

弾かせていただきましたが、

その時と全く変わらない空気感。

 

有名な五十鈴のある拝殿へ。

ちょうど椅子が置いてあり、静かに神を

見上げながら、

 

 

ただ

さらさらとした風と水の流れを感じ、

 

生々流転(せいせいるてん)。

そんな言葉が浮かびます。

 

本来は喜びも悲しみもないのかもしれない。

 

一つ一つの出来事に

悲しみや怒り、喜びという色をつけて

感情を感じたいのが人間なのかもしれません。

 

こちらは拝殿の中に舞台があり、

神の目の前で奉納ができる。

 

いつか奉納演奏したい。

大それた望みかもしれないけど、

風にそよぐような音を奉納したい。

ふと浮かびました。

 

 

その後、禊殿に移動。

ここは前回、ハープを奉納演奏しようとして

環境が整わずに断念した場所。

 

 

今日は見事なくらいに人払い。

 

個人の感想ですが、

この山は特に、わかりやすい、ある意味、単純な善悪の観念や価値観を超越しているような気がします。

曼荼羅の世界って言えばいいのかな?

 

禊殿には、

「地球(ガイア)はそれ自体が一つの大きな生命体で、すべての生命は有機的につながっている」

とのポスター?が。

 

以前、鞍馬山で見た「平和への祈り」の看板にも「地球上は羅網の世界」とあり、

なんとなくわかったようなわからないような

気がしていました。

 

結局、ワンネスとかソースとか、いろいろな考え方があって、

 

そこから「かれていってしまった」のが「自分」っていうのが、しっくりくるようになってきています。