不登校の子たちやひきこもりの人たちが
とりあえずいったん家の中で落ち着いているように見えるとき
そして、それが長くなってきたときに
「このままでいいのか」「ずっとこのままなのではないか」と思えてしまうし
なんなら、周りからも言われます。
「なんかせなあかんのちゃう?」とか「なんでほったらかしにしとくん?」とか。
ただ、大きな声で言いますが
ほとんどの親は、散々いろんなことをしすぎるくらいにしてきました。
そして、子ども自身もわかっています。
このままでいいわけではないことを。
だけど、しんどい。だから、辛い。
親子のこれまでの過程を経て
今、状態が落ち着いているということ
つまり、親も子もなんとかここまでたどり着いたんだということ
その重みがないがしろにされないでほしいと
私は思っています。
特にひきこもりの長期化が社会問題となっているのは知っているし
家にいる時間が長くなればなるほど、社会へ踏み出すことにしんどさが大きくなるのはもちろんわかります。
不登校やひきこもりを否定したいわけではなく
ちゃんと自立しろと言いたいわけではなく
ただ、そのしんどさをたくさん見聞きしているから
この子たちがしんどさを手放すための手段がたくさんあったらいいなとは思っています。
だけど、それは決して家にいることの否定ではありません。
それでもやっぱり、親は
その子の今を全力で受容したいと思いながらも
「どうやって背中を押そうか」とか「何かきっかけがないだろうか」と考えてもいて
そこにある矛盾が苦しかったりもする。
でも、たぶんどっちも本心なんだと思うんです。
そしてそれでいいと思っています、私は。
正解や正論と言われるものはあまりに遠くて眩しすぎて
そこを目指そうとするとその途方もなさに立ちすくむしかなくなるから
とりあえず、目の前の最適解だと思うものをひねり出し続けるしかなくて
そうやって踏ん張り続けている人たちが
どうか安易に否定されたり、むやみに傷つけられたりしませんように。
今、ここに立ち続けているということが
ほんとにスゴイことだと私は思うから
まずはそこを、きちんと認められるということが大切にされますように。
