最近、映画で「鬼滅の刃 無限上編」をみて、鬼滅の刃にはまっています。

※ネタバレを含みます。

 

 

 

 

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個人的にヒットしすぎて、なんと2回も劇場に足を運んでしまいました!!

同じ作品を2回も映画館でみるのは、人生で初めてです。

 

 

原作を読んでいなかったので、最初は作品と登場人物の熱量、映像にただただ圧倒されました。もう一度、そのエネルギーを浴びたくて、再度見に行きましたが、2度目もやはり面白くて見入ってしまい、世界観を味わえて、時間があっという間でした。

 

 

ストーリーも衝撃的で、柱(女戦士)である「胡蝶しのぶ」が「童磨」という鬼に吸収されてしまったのが、納得できなくて、勝たせてほしかった…というのが、最初の感想でした。

 

 

でもその後のストーリーを知ったら、それは「負け」ではなく、「勝利」だったことがわかり、自分なりに納得できました。

 

あの死に方も彼女なりの策であり、勝ち方であり、意志を貫徹した生き方だったと理解しました。

 

そして、後継者である「カナヲ」にバトンを渡して、その意志をつなぎ通すことができました。

 

胡蝶しのぶが戦いの最中に「自分はだめだ」と気持ちが折れかけたシーンがありました。

 

 

そんなとき亡き姉のカナエがしのぶを激励します。

 

 

しのぶは、そこから立ち上がり、最後の力を振り絞り、人智を凌駕した戦いを見せつけます。

 

 

童磨は作中の中でもNo.2の強い鬼(上弦の弐)で、胡蝶しのぶの「命と引き換えの決死の意志」がなければ、柱でも倒すことが難しい相手だったと思います。

 

 

絶対倒すという強い意志が最終的な討伐につながったのだと思います。

 

 

 

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私が鬼滅の刃に魅了されるのは、この柱たちの姿が好きだからだと思います。

 

どんなところかというと・・・

 

・当たり前に覚悟がガン決まっていること(肝が据わっている)

 

・目的を果たすための努力や鍛錬を当たり前にしていること

 

・意志を通すという精神性の高さと強さ

 

 

「柱」ということばは古神道の世界では「神様」を数えるときに使われる言葉です。

 

つまり柱はそういう存在である、そういう境地に至った存在であることを意味します。

 

人々を精神的にも物理的にも護る力がある、ということです。

 

 

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対して「鬼」は、柱でも倒すの難しいほど手ごわい相手です。

 

鬼は鬼になってしまう暗い過去や背景があります。

 

そして、鬼なりに強くなりたいという向上心があるのです。

 

つまり、鬼も決して怠けているわけではなく、鬼なりに努力して、きちんと働いているんですね。

 

 

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では、力が互角にある柱と鬼はなにが違うのか・・・ですが、

 

それは、人に対する共感力や慈悲・他人への思いやり・自暴自棄や自己憐憫を乗り越える精神、です。

 

柱には「平和への明確な意志がある」

 

鬼には「ただ個体を存続させたいだけの欲や本能」

 

生い立ちは、鬼も柱もどちらにも暗い過去があります。

 

柱は、暗い過去を踏まえて、人を救う方向へ自身を昇華させることができました。

 

対して、鬼は暗い過去を理由に自暴自棄になったり、自己憐憫から抜け出せなかったり、感情が麻痺したままサイコパスになったりといった経緯があります。

 

 

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同じ強さ・エネルギーを持っていても、ベクトルが正反対ですね。

 

どちらに舵を切るかによって、生き方・あり方が大きく変わり、世界との関わり方が変わります。

 

自身の知恵や力を平和に使うのか、滅亡に使うのか・・・

 

そのせめぎあいは、アニメの世界だけではなく、実際に現実で起こっていることであり、心の向け方をこうやって教えてくれているものだと観じます。

 

 

 

haru.