新卒でついた職場は、働く場所にもこだわって梅田でした。

(大学のとき、中国地方で一番都会の広島県だと思って
 喜んでいたら、大学があった市がとても田舎でビックリしました。
 就職活動のときは、そんなことがない様に、毎回会社の場所を
 地図で確認。
 更に、自宅から、梅田も天王寺も同じ地下鉄代になるように
 計算し、会社の定期で心斎橋や難波も通れるように計算。
 われながら、恐るべし計算高さです(笑)

が、正確には会社のビルは淀屋橋からが近かった。
19Fのビルにスーツで通勤だけで、幼い頃に夢見た
キャリアウーマンだとほくそえんだのもつかの間・・・

世の中、甘くないことを初日から実感したのでした。

大学の専攻は、経営学部・経営情報学科で
(経営や経済を自分で組んだプログラムでシミュレーションしたり
 簡単なソフトを開発して発表するのが卒論でした。)
クラスメイトは、ほぼPG(プログラマー)になり
SE(システムエンジニア)の道を進んでいる中、
営業職で探したのでした。


経営者には、まず営業だとついた営業職。
私のプランでは、営業を仕事をしながら学んで、
経理をスクールに通いながら身につけよう
なんて考えていましたが、

日にちが変わってからしか帰宅できない毎日。
(当時は、平均深夜2時or3時に帰宅)
睡眠時間を取るので精一杯で、
スクールどころではありませんでした。

対個人に対しての個人営業でした。

入社前の面接や入社前の研修では
会社開催のイベントに参加して興味を持たれた
お客様に対しての営業と聞いていたのに、
入社初日いきなり名簿を渡され、テレアポが始まりました。

「えっ、聞いていない・・・」
と心の中で思いつつも、初日から
「聞いていたことと違うから、できません」
とも言えず意を決して始めまました。

夜10:30までは、テレアポの時間。
アポが取れれば、次の日から営業にいけますが、
アポが取れなければ、次の日もひたすら電話になります。

しかも、営業に出ていても
会社に戻れるのが早ければ、
やはり夜の10:30までは、テレアポ。

アポが1つも取れなければ、罰金(1日、500円程度ですが)を支払い、
当日アポが取れていなければ、皆が座っているときにも、
朝から立って居なければなりませんでした。

「私、今日はアポがとれていません。」
と自己アピールしているかのようでした。

学生時代の接客業も幸いしたのか、
初日から、アポが取れ次々と埋めていくことが出来ました。

自分なりに声色を3つに使い分け
感情を込めたり、話し方を工夫したお蔭で
アポは常に1番を取っていました。

ドタキャンがあったときを考え、
1日最低2件は営業に行けるように
3件のアポを取り、3ヶ月先まで、埋めていました。

アポが取れるぐらいに話せるようになったのは
営業の練習が、とても過酷だったからなのでした。


社会人編2へ続く・・・