サラリーマンの親の元に生まれたにも関わらず小さなころからなぜか、
少なくとも小学1年生の頃には「独立・開業」という言葉に心躍らせる子どもでした。
10歳のとき・・・
「私はわがままな性格だから、
よっぽど尊敬している人の下でないときっと仕事を続けることができないだろう。
でも、そんな人(上司)にそうそう出会えるか分からないし、
尊敬できない人の下ではずっと働くことはできないから将来的には、独立しよう!」
と決意しました。
なぜ、こんなことを思ったのかは
未だに謎ですが、当時確信していました。
その後、同級生に雑貨屋をしながら作家になると
宣言し始める(笑)
しかし、大学受験前になると一旦そのことを脇に置き、
「これからは心とコンピュータの時代が来る」
とこれまた強氣に思い、
心理学の道と情報系(文系コースを選んでいたため理工系を受験できず)
で、悩む。
当時(94年頃)は、心理学部に進んでも精神科医の道しかなく
人の心に関わることに関して、恐れが多かったため
コンピュータの方を選択。
文系からでもプログラミングが学べる
経営学部・経営情報学科に進学。
当時は、CGデザイナーを目指して大学受験をしましたが
実際の授業についていけず、途中で挫折・・・。
ソフト開発の方でなく、
ソフトを活用する方がしたかったのだと入学してから知る。
ここで、また「そういえば雑貨屋をしたかったのだった」
と思い出す。(遅い!!)
「経営者になるには、まずは営業が必要だろう」と
クラスメイトがプログラマー職に就職して行く中
営業職での就活を始める。
大学が広島だったので、
当初は、広島市内での就職活動を考えていたが
「なんだか大阪に行かないと」という気持ちになり
両親に内緒で、関西での就職活動も開始する。
同時に、東京でもちょっとやってみました。
大阪市内に伯母が居たので、
手紙を書いて、就職活動の間にお世話になることを
お願いしました。
仕送りなしだったので、
生活費&就職活動中の資金を稼ぐべく
大阪でのアルバイトを探す(笑)
すぐにお給料の支払いがある
「試飲販売員」のアルバイトの会社に登録。
(後に、このアルバイトのお蔭で良いご縁ができました。)
広島と大阪のアルバイトのかけもちとなる。
なんとか無事、内定をもらい晴れて大阪に引越し♪
<学生編2に続く>
少なくとも小学1年生の頃には「独立・開業」という言葉に心躍らせる子どもでした。
10歳のとき・・・
「私はわがままな性格だから、
よっぽど尊敬している人の下でないときっと仕事を続けることができないだろう。
でも、そんな人(上司)にそうそう出会えるか分からないし、
尊敬できない人の下ではずっと働くことはできないから将来的には、独立しよう!」
と決意しました。
なぜ、こんなことを思ったのかは
未だに謎ですが、当時確信していました。
その後、同級生に雑貨屋をしながら作家になると
宣言し始める(笑)
しかし、大学受験前になると一旦そのことを脇に置き、
「これからは心とコンピュータの時代が来る」
とこれまた強氣に思い、
心理学の道と情報系(文系コースを選んでいたため理工系を受験できず)
で、悩む。
当時(94年頃)は、心理学部に進んでも精神科医の道しかなく
人の心に関わることに関して、恐れが多かったため
コンピュータの方を選択。
文系からでもプログラミングが学べる
経営学部・経営情報学科に進学。
当時は、CGデザイナーを目指して大学受験をしましたが
実際の授業についていけず、途中で挫折・・・。
ソフト開発の方でなく、
ソフトを活用する方がしたかったのだと入学してから知る。
ここで、また「そういえば雑貨屋をしたかったのだった」
と思い出す。(遅い!!)
「経営者になるには、まずは営業が必要だろう」と
クラスメイトがプログラマー職に就職して行く中
営業職での就活を始める。
大学が広島だったので、
当初は、広島市内での就職活動を考えていたが
「なんだか大阪に行かないと」という気持ちになり
両親に内緒で、関西での就職活動も開始する。
同時に、東京でもちょっとやってみました。
大阪市内に伯母が居たので、
手紙を書いて、就職活動の間にお世話になることを
お願いしました。
仕送りなしだったので、
生活費&就職活動中の資金を稼ぐべく
大阪でのアルバイトを探す(笑)
すぐにお給料の支払いがある
「試飲販売員」のアルバイトの会社に登録。
(後に、このアルバイトのお蔭で良いご縁ができました。)
広島と大阪のアルバイトのかけもちとなる。
なんとか無事、内定をもらい晴れて大阪に引越し♪
<学生編2に続く>