手前味噌で恐縮ですが、
本日は夫が書いたポエムから感じたことです。
いつもより抽象的な内容ですが、ご容赦くださいませ。
------------------------------<以下、引用>------
見栄っぱりのクローゼット
いろんな服を着てきた。
格好良いと言われたくて。
素敵だと言われたくて。
尊敬されたかった。
いろんな嘘をついてきた。
大きい人間だと言われたくて。
偉大な人物だと思われたくて。
求めてほしかった。
「うらやましい」と言われた時、嬉しかった。
でもそれは、一時だけの、嘘の歓び。
もう、僕の部屋には嘘しかない。
裸の自分がどんな姿をしていたのかもわからない。
本当の僕がどんな「ひと」だったのかもわからない。
あるのは、嘘で詰まったクローゼットだけ。
裸になるのが怖くて、毎日クローゼットの中身だけが増えていく。
いつか、それが当然と思っていた。
「嘘をつくのが当然だ」と思っていた。
こうして、あなたへ話しかける自分ですら嘘なのかも知れない。
「繊細な感情を持ったひと」と思われたい、嘘なのかも知れない。
嘘のない自分を知るのが怖い。
そして。
嘘のない自分を知りたい。
------------著作権・出展元(http://www.feel-stylia.com/rc/ )----
この詩をみたとき、息がつまりそうになった自分が居ました。
「嘘」じゃないといいたいけれど、
”いろんな服を着ていた”ことに気づいてしまったのです。
いろんな服を集めていたことにも気づきました。
裸の自分がどんなだったかを忘れるよりも
”見ないように”していただけだったのかもしれません。
「怖いけれど、知りたい」
そこから始まりました。