東儀秀樹「すべてを否定しない生き方」 | アトリエそらのいろは

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興味シンシンな雅楽の本を図書館で借りた時に、一緒になんとなく借りた
東儀秀樹さんの「すべてを否定しない生き方」が、
私がもやもやしてた事に対するヒントだったり、
常にワクワクを追い求めてこんな生き方いいな!と思える良書でした。
真面目な人かと思ってたけど、遊びも仕事もすごい真剣にやる、
多趣味でチャレンジ精神旺盛な素敵な人です。
ワクワクだけではなく、生き方、社会のあり方を鋭い視線で見ています。
3回程、死を感じる事があり、25歳でガンになった時は「完全燃焼しよう」と
毎日わくわくして一生懸命に生きてたら、いつの間にかガンが消えてしまったそうです。
コンサート行ってみたい!

印象に残った冒頭をここに引用します。(長くてすいません)

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●すべてを肯定するのではなく、すべてを否定しない

すべてを肯定するのではなく、すべてを否定しない。これが大事なのだ。
すべて肯定しようと思って一生懸命になると、
「肯定しなきゃ」「認めなきゃ」というmustな気持ちが働く。これは重い。
そうではなく、否定しないのだ。「否定しない」には強迫観念がない。
人それぞれの価値観を取り入れる取り入れないとは関係なく、
その気持ちをくんであげることなのだ。
共感する必要もない。「信じなければ」とか、「共感しなければ」という重いを
抱かせるのは無意識的な強迫のようなものだと思う。
「肯定しなければ」が中心になったら、人はすぐにいっぱいいっぱいになってしまうだろう。
そうすると何かしら逃げ場をさがさなければならなくなり、
物事はどんどん歪んでしまうこともある。
だから「否定しない」がとても自然な生き方を誘う。
誰かに、何かに無理矢理共感しなくてもいい。
そのことで、自分の価値観をじっくり育てることができるようになる。
しかし「否定しない」生き方を続けることは、一見楽そうに感じるかもしれないが、
自分の価値観をしっかり持っていないことにはなかなか成り立たないことだとも言える。
そのためにも、疑問に思うことはいつでも投げかけ、戦うべきことはいつでも戦う。
好き嫌いもはっきりする必要がある。

(中略)

いろいろなことを通して自分の引き出しの中の物が増え、
いつのまにか、生きることとはどういうことか、人間の価値とは、
などということまで感じるようになっていた。
だから、現代の精神世界と俗に呼ばれるようなものはほどんど意味をなしていない、
という自己流の判断をするようにもなっていった。
雅楽にどっぷり身を浸したことも、そういうことを超越して物事を考えるように
なったことの要因のひとつになっていたと思う。
雅楽を通して人間の本来の力、プリミティブな力を感じて来たからだ。
その力は、昨日今日語られる宗教を超越していることは言うまでもない。
雅楽を構築してきた先人たちは、
人間に本来備わっている力やひらめきをものすごく大切にしてきた。
それは宇宙や自然の摂理と一致するほど確固たるものだった。
それだけ五感がフルに活躍できていた時代だからこそ生まれたものなのだ。
その空気に僕は見を委ね、敬服し、
今も音としてそのエッセンスを拝借させてもらってるのかもしれない。
それを奏でる、それを聴く。
そのときに伝えるもの、伝わるものはものすごく大きな人間の力であり、感性であるのだ。
現代人はそんなパワー、感性を失ってしまったと言われるが、
失っている訳ではないと思う。ただ忘れていることが多いだけなのだ。
プリミティブな自分の力をまず信じることだ。何も心配することはない。
何かに頼ることもない。自分の奥の本来の力を信じるのだ。
例えば雅楽の音の群れに見を委ねたとき、
忘れてしまったものも細胞単位で思い出させてくれるような気がする。
それが、今の時代までおよぶ古代の人たちの本物の力なのだ。


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