「同じではないけれど対等」 | こころひとつのおきどころ  

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以前話題になった本

嫌われる勇気

いま読み返しています。


続編の

幸せになる勇気

を読みたくて復習のため。


「嫌われる勇気」は読んだ当初

ホント目から鱗で
人間関係の見方が変わった。


他人の課題と自分の課題を
切り離して考えることで

複雑に絡んでいると思ってた
人間関係がすごく単純明快な

シンプルなものになったのを
覚えてる。


他人目線・他人基準で
生きていると

常に気になるのは


他人が自分をどう思うか


そこに注目している限り


自分の人生なのに

その中心に
自分がいなくて他人がいる


本を読んでそのことが
すごく理解できたし

今までの人生を振り返って

ゾッとした (゚ロ゚;ノ)ノ


ハズなのに!

ほぼ忘れとった・・・(゚_゚i)


良書は折に触れて
読み返すのがいいですねσ(^_^;)



スピリチュアル的には

魂は違いを、多様性を
楽しむために肉体に宿り

その多様性のなかで成長を
していくといいます。


本のなかでも

他人との関係は

「同じではないけれど対等」

と書かれています。


自分と他人
わたしとあなた

同じではない、だけど対等


それぞれ独立した
(スピリチュアル的には「分離した」というらしい)


「個」ととらえると

確かに同じではないし
対等のものだということがわかる。


そもそも人と自分は
違うのだから比べること自体
意味はないよね・・f^_^;


あえて比べるとしたら
その基準はあくまで自分

昨日の自分と今日の自分
とか
今日の自分と明日の自分

みたいな絶対比較



だけど
他人基準で生きていると

常に人と自分を比べて
いるわけだから


無意識のうちに


自分と他人
わたしとあなた


それぞれの間に

「優劣」「善悪」という

モノサシを介入させてしまう。


基準は他人だから

自分と他人のどちらが
優れているか劣っているか

どちらが善くて
どちらが悪いか

という相対比較


相対比較の世界では

自分の幸せ

って見つからないよね。


ワタシ
ずーっと見つからなかった・・(;´▽`A``


だけど

他人との違いに
モノサシを挟まないように

少しずつだけど
気をつけるようにしてみると


何か特別なことがあった
わけでもないのに

ただ道を歩いているだけ
ただコーヒー飲んでいるだけ

ただそれだけなのに


あ~、幸せ~♡♡♡


って感じるようになってくる。


なんとも言えない
満たされた気持ちになるのです。


不思議なんだけど

突然こういう感覚が

フッて沸いてくる瞬間がある。



人との違いは楽しむもの

モノサシはいらないよね。



今日も
読んでくださり
ありがとうございます。