私は長女で年子の弟が2人います。
幼少期の記憶が
あまりないわたしは
弟たちに対する嫉妬を
よく覚えていません。
でも、親の目を盗んで
弟を泣かせていたことは
覚えているので
たぶん
嫉妬してたんだと思う。。
そして
お父さん、お母さん
私を見て!かまって!!
っていう欲求を
出せないまま大人になった。
親に甘える、というより
ただただやさしく
見つめて欲しかったんだと
思う。
祖父が亡くなってもう
25年以上経つのだけど
入退院を繰り返していた祖父は
自分の死期を悟っていたのか
最後の入院の前
家に私と二人しかいない時
祖父「おじいちゃんちょっと旅に出てくね」
私「ふぅ~ん。いつ帰ってくるの?」
祖父「う~ん、いつかなぁ。
今回は長い旅になりそうだよ。」
私「そうなの?電車で行くの?」
祖父「どうかな~?」
私「わかった。じゃあ早く帰ってきてね!」
こんな感じの会話をしながら
祖父が私を見つめる目が
なんともあたたかく
やさしく包んでくれるような
そばで見守ってくれる安心感というか
私を見てくれている
私を受け入れてくれている
私を愛してくれている
そういう思いで
ふんわり包まれるような
なんともいえない幸福感を
鮮明に覚えています。
この感覚を私は両親から
感じることは残念ながらなかった。
覚えていないだけなのかも
知れないけど、
育った過程のどこかで
私を見てくれていない
私を条件付で愛している
だから、良い成績や何か
がんばって結果を出した時しか
喜んでくれない。
そう思うようになってしまった。
もうそこそこいい年してるのに
いまだに
自分に注目して欲しい人に
注目してもらえないことが
とても悲しい。
そういうことが最近
何度か続いたのでこれは
何かあるのかなぁ?
なんて考えていたら
やっぱり親に辿りついた。
物を買ってくれるとか
どこかに連れていってくれるとか
そういうことではなく
私はただただ
見つめていて欲しかった
見守っていて欲しかった
満たされなかった
子供のころの欲求に
またひとつ
ウン十年かかりましたが
気づくことができました。
同時に私は私自身を
見つめてなかったし
見守ってなかった
ということにも気づいた。
自分をないがしろにして
外からの注目を得ようと
必死だったけど
結局、空回ってた。
親の注目が欲しかったという
満たされなかった欲求がある自分に○
気づくことができた自分に○
それを
自分で埋めて行こうと
思えている自分にも○
少しずつ自分に○を
増やしていきたいと思います(*^.^*)
今日も
読んでくださり
ありがとうございます。