自著「命のバトン-自らが輝きだすとき-」
書いたり、言葉にして
続けてきた心と現実の洞察
自分が源
自分が変われば相手も変わる
心の虫眼鏡を通して
現実という社会を見ている
「自分が源」
心の外側から受け取っていく現実
捉え方、考え方、表現の仕方
工夫改善し
自分の心を磨いていくと
自分から見える世界は美しい
ひとりひとり
生まれる前に決めた
自分の人生ストーリーがある
ご近所の人との関わりから
こういう人たち
多くいるんだなぁ~
と
昨日の会話つなぎ合わせながら
相手はどんな世界を想い描き
何を言いたいんだろう?
と
心を静め
俯瞰した
書いておこう(^^)
今年の夏ごろから
お互いの庭のお花や野菜を話題に
話す機会があった
夕方
私が花の手入れをしていると現れる
距離が近づくと
自分の想い通りに巻き込もうとしたり
私の失敗
ミニトマトの成長が悪かった木のこと
その反対側にある
BBAの育て方
ほぼ土枯れ
と、比べ・・・
自分のほうが正しい
優位なほうへと
立ちたがる(^^;
そのくせ
実ってきたミニトマトをみながら
私の子供たちのことを話す
もう、こないし
とっても喜べへんな
だから
BBAの口へ
いらんやろうから
食べてやる
という
感覚なのかな?
BBAの態度、言葉から
これまでの体験を通した学びから
推測して書いている
だから
まるごと
そのまま
BBAという
着ぐるみを着た人物
と
相違もあると想う
で
BBAの娘夫婦がやってきて
私は包囲網から解き放たれた
BBAが指さすほうをみると
車に乗った夫婦
真正面を向き
表情ひとつかえない
目が合ったんだけどね(^^;
いつもとおんなじ
マスクをつけている
この人たちに頼んで
欲しかったら
苗を植えて
育てたらいいやん
毎週末
来てるし・・・
なのに
BBAは苗も買いに行かれへん
という
人の花まで指図する
こうしたらいい
ああしたらいいと
なんでそんなことするん?
もったいないやん
という・・・
自分の好きな花
種をとって
植えさせようとしているのかしら
などと
想ってしまう(^^;
確かに
夏の初め
よそ様の花
見せてもらうの
うれしい
自分ちの花
喜んでもらええるのもうれしい
と
いった
が
指図されるのは嫌だ!
BBAの頭の中では
大好きなトマトを口に入れたい
この家の人はいらんやろう
子供たちもいないし
いても喜ばんやろう
っていう
ストーリーを自分の中で
作っている
たぶん・・・
そのストーリの中で
~してやってる
いらんやろうから食べてやる
喜んでやる
という
優位性
特別性
を
手放さない!!
そのために
自分はか弱い
を、
持ち続けているように感じる
できること
させていただきます
年を重ねても
自分にできること
みつけて
取り組んでいこう♪
教訓♪

