「想いをカタチにする」その3
両親は毎日、朝から晩まで忙しく、家族で出かけることはあまりなかったが、隣組の婦人たちが集まる会で新幹線やフェリーに乗って、何度か旅行に連れて行ってもらった。
前日、母がぎっくり腰になり、ひやひやしたこともあったが、町医者へ行った後、スーパーで持っていくお菓子を買って貰った帰り道では、心があったかかった。
隣組の繋がりはぬくもりと、あったかい想いがあったと想う。しかし、時は流れ、里帰り出産で直面したこと。それは、井戸端会議をしていたご近所の人たちが、新しく引っ越してきた人を標的にし、掌を返したようにあら捜しを楽しんでいる。そのように感じ、そばで見ていた私の心は波だった。その訳は、何度も何度も新しい住人の立場を体験し、私の心をないがしろにされてきたからだと、後から気づいた。
心と現実の仕組みを洞察するのが好きな私は、その根源を探り続け、辿り着いたのは「隣組」「非国民」という第二次世界大戦下に作られた制度だった。国民統制の為に作られた「隣組」そして、国民としての義務を守らない者、国家を裏切るような行為をする者を「非国民」とする制度。
その制度は廃止されてはいるが、見えないカタチ、意識が潜在しているのだろう。
私が祖父との関係から何かに脅えていたように、隣組の人達も自分よりも優位な立場にある、国家権力に脅え、自分の気持ちはそっちのけで、権力統制された社会の常識に従っていたのだろうと想う。
「みんなが言うから」「偉い人、有名な人が言っているから」というだけで受け入れ、従う「群集心理」が時を重ねながら形成されたのだろう。
生き辛かった、その原因は感受性が強く、我の強さが引き金となっていたのだろう。
つづく