>当時の私に必要だったのは、
相手に求める事ではなく、
自分自身を信頼し、自信を持ち、
“ありのままの私”が
自分の心の殻を破って
飛び立つことでした。
そして
“正しいか”“間違っているか”ではなく
自分がどう思い、
どのように生きたいかを明確にし、
行動に移していく勇気でした。
あの頃を振り返ると、
自分にとって丸く見える理論が、
相手によっては形や大きさ、
距離までもが違って見える事を知らずに、
“私が見ているように、Aさんにも見て欲しい”
という想いだけで、
認識を強要していたのだと気が付きます。
これも、幼児期からの名残なのでしょうか?
自分では何も変わらずに、
相手に自分を受け入れさせようと
躍起になっていたのです。<
命のバトン-自らが輝きだすとき-
第3章 心の旅、次なる挑戦 より
![]() |
命のバトン ―自らが輝き出すとき―
Amazon |
エッセイを書いたときの
私から生まれる言葉☆
今の私が同じエッセイを書こうと想ったら
賢く、おりこうさんの私の表現かな(^^;
そう、想ったので☆
あるシーンを書こうって
今朝、想っていたけれど
パッと開いたページにこれ
書いていたので・・・
先にこちらを♪
私のそのころの想いは・・・
言っていることとしていることが違う
当時の師匠Aさん
学んだ通り
お願いしていたこと
スルーされて
声を掛けようとしても
ほかの仲間のほうへ行って
教えを説くAさん
私の存在を否定された
軽視されたと感じたのかな・・・
あきらめて
帰ろうとしたけれど
理性よりも
感情が優位になって
分別がつかなくなり
気づくと
Aさんに体当たりしていた
そのようなことになってしまいました☆
同じころ、
自分の子供と同じ年頃の子
同級生殺害事件など
連鎖していて・・・
自分の心をコントロールする事
心を育てる事
その必要性を感じたのです☆
の・・・
記事に書いた☆
ストーカーの心理と似ているところ
あると想うのです☆

