目の前に起きる事に意味はない | いろんな世界、人を知っていく☆ひだまり

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~ 心と現実の洞察家ひだまりのブログ ~
 自己洞察をされ始めた方に心で寄り添います。
 今を愉しみながら活きられるように
 絡んだ心の糸をほぐしながら、
 フィードバックしていきます。

ある方と話しているとき

〝目の前に起きることに意味はない〟

 

〝ですよね〟

と、同意を求められて

 

 

私の想い・考えとは

すこし型が違うようだけれど

 

 

自分の考え・想いを

その方の型に合わせられる

 

 

そんな気がして

 

 

〝そうよね〟

と、想いの一致

で、収まったことがありました(^^)

 

 

 

その方の言葉の奥には・・・

 

 

自分たちは

宇宙の采配によって

演じている表現者だって

 

なので

個人の意思はないとか・・・

 

受動的な在り方だったんよね(^^;

 

 

 

その時は

わからなかったけれど

 

 

だんだん

その人が発する言葉から

気づいていった(^^)

 

 

 

で・・・

 

 

私はどうなのかってね・・・

 

 

目の前に起きている事

なんとかしようとしても意味がないのは?

 

 

無意識的な目的があるから

そのような出来事が起きている☆

 

 

たとえば

 

小さい頃

自分は何にもしてないのに

親に叱られたとか

 

 

そのこと

 

分かってほしくって

分かってもらおうと

 

 

同じパターンを繰り返す☆

 

 

自分はなんにもしてないのに

叱れる(^^;

 

という出来事が

繰り返される(^^;

 

 

叱る相手を

なんとかしようとしても

法律で罰しても

 

 

自分の想いに合うように

そういうことをしてくれる人を引き寄せる

 

 

きづくまでは

同じパターンを繰り返す(^^;

 

 

この記事に書いたようにね♪

まずは自分(^^)

 

 

 

かつての師匠は

こんなふうに教えてくださいました☆

 

 

〝恨みの感情を

愛の感情へと変えていく♪〟

 

 

それが、

生きるってことだと♪

 

 

そのようなこと

想いだしたので

書いておきます(^^)