ある方と話しているとき
〝目の前に起きることに意味はない〟
〝ですよね〟
と、同意を求められて
私の想い・考えとは
すこし型が違うようだけれど
自分の考え・想いを
その方の型に合わせられる
そんな気がして
〝そうよね〟
と、想いの一致
で、収まったことがありました(^^)
その方の言葉の奥には・・・
自分たちは
宇宙の采配によって
演じている表現者だって
なので
個人の意思はないとか・・・
受動的な在り方だったんよね(^^;
その時は
わからなかったけれど
だんだん
その人が発する言葉から
気づいていった(^^)
で・・・
私はどうなのかってね・・・
目の前に起きている事
なんとかしようとしても意味がないのは?
無意識的な目的があるから
そのような出来事が起きている☆
たとえば
小さい頃
自分は何にもしてないのに
親に叱られたとか
そのこと
分かってほしくって
分かってもらおうと
同じパターンを繰り返す☆
自分はなんにもしてないのに
叱れる(^^;
という出来事が
繰り返される(^^;
叱る相手を
なんとかしようとしても
法律で罰しても
自分の想いに合うように
そういうことをしてくれる人を引き寄せる
きづくまでは
同じパターンを繰り返す(^^;
この記事に書いたようにね♪
かつての師匠は
こんなふうに教えてくださいました☆
〝恨みの感情を
愛の感情へと変えていく♪〟
それが、
生きるってことだと♪
そのようなこと
想いだしたので
書いておきます(^^)