自己と一体化することもできれば、
空と一体化することもできる
なぜなら、ぜんぶ“わたし”だからだ。
それがゆえに、
自己と同一化することもあるだろうけれど、
だからといって、なにも変わらない永遠無限の“これ”
たまに迷子になって忘れてしまうことがあっても、
決して切り離されることのない還る“我が家”があり、
わたしたちは、そこで遊んでいる子供のようなもの
そして死ぬとは夕方5時に鳴る
帰りましょーのチャイムのようなもの。
遊び=幻想
どれも遊びゆえに、遊びに間違いも正解もない。
遊びにもいろいろな種類があって、
楽しみも苦しみもあるけれど、
それが“遊び”だと知っていたら、
その印象/知覚のされ方は変わってくる。
我を忘れて(自己同一化)、無我夢中に遊べばいい。
ちゃんと還りの時間はチャイムが教えてくれるから。
かんじるココロケア あまのこころ


