バカかりし頃


私は
自分の声が
大嫌いだった

周りから
マンガ声
キンキン声
ぶりっ子声

誹謗中傷の
雨霰ゲローゲロー


歌のレッスンでは
ちみの声には
説得力が全くない!!

浮ついた人生が
滲み出ている!!

理不尽な
怒られようをした笑い泣き


ある時
カラオケパブで
お友達に
愛燦燦を歌ってと
リクエストされた


レーザー光線の
雨が降る中
ビニール傘を持たされ
舞台に上がり

私は気持ち良く
熱唱したお母さん


終わって
席に戻ると

こんな重みのない
愛燦燦初めて聞いたガーンガーン

その夜から
もんたよしのり氏
師と仰ぎ

タバコとウィスキーを
煽り始めた



頑丈な私の喉は
全く健康で

何年経っても
潰れる事はなかった


仕方ないので
歌い方を駆使し
エコーに頼りながら
大人の声を
作っていた


しかーし

肺転移の
手術の時
気管挿入された際
気管の神経が傷つき
50歳過ぎてから

真の
ハスキーボイスを
手に入れたのだった


遅せぇ〜だろ笑い泣き




ハム声だの
萌声だのが
可愛いと言われておるん


そなの


私は少し
先取りし過ぎてたみたい



ワハハハハッ飛び出すハート飛び出すハート


Vチューバー
になろかなデレデレ


早く
生まれ変わりてぇ笑笑










孫っちが

書いてくれた

微妙に似とるじゃろ笑い泣き