~西国三十三間ヵ所観音曼荼羅~の旅⑧~行願寺~ | いつでも微笑みを・・♪

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さぁ〜🎵

京都へ行こう❗

コロナ渦で観光バスと外国人観光客の
少ない京都市内は車も少なく動きやすかったです😊



第十九番札所

行願寺

(革寺)





いきなり

蝶々 🦋


でっかいカメラ📷持った人達が
蝶々の動きをジーっと
見つめてシャッターチャンスを
待っていますキョロキョロ

思わず写してしまいましたニヤリ✌️


まずは…

御本尊へお参りやろ…ウインク💦


ははっ口笛

写真これだけですてへぺろ



御本尊

千手観音様

普段は非公開で、毎年1月の初観音の日
だけ特別拝観だそうです。



✴️革堂という名前の由来✴️

行願寺を創設した行円上人は元々狩猟を仕事としていた人物であり、数々の動物の命を奪って生活していました。

あるとき、自分が仕留めた鹿が小鹿を身ごもっていたのを見て、今までの行いに後悔の念を抱きました。
それがきっかけで仏の道に進むこととなり、行願寺を設立しました。

行円上人自身は死んだ鹿の皮を肌身離さず身につけていたことから「革聖(かわひじり)」と呼ばれ、お寺も革堂と呼ばれることになったそうです。



行願寺には、幼い女の子の悲話が語り継がれています😢


行願寺の宝物館には幽霊絵馬が所蔵されています。

通常は非公開です。

幼い子供をおぶった女の子の姿が描かれているそうです。

江戸時代の末頃、行願寺の近くにあった質屋に奉公していたお文という子守の女の子は聞きなれた御詠歌を子守唄がわりに口ずさみ。子供まで覚えてしまいました。

質屋のご主人はこれを見とがめお文を殺してしまいました。

お文の亡骸をを庭に埋め、知らぬふりをし両親には家出したと嘘の知らせをしました。

お文の両親が、お文がよく行願寺で子守りをしていたと聞き、行願寺で「どうか文の居場所を教えてください」と観音様にお願いし、そのままお堂に泊まることにしました。

その夜、お文の幽霊が現れ、真相が明らかになりました。
お文が現れたところには、母親が文にもたせた手鏡がそっと置かれてたそうです。

絵馬にはお文の遺愛の手鏡がはめこまれているそうです✨

「幽霊絵馬」は毎年、六地蔵巡りの頃に合わせて行われる「幽霊絵馬供養」の際に一般公開されます。


✴️絵馬✴️





✨寿老人神堂✨

七福神のひとつ寿老人像は豊臣秀吉が安土桃山時代に奉納したと伝承されています。


御本尊は宝物館に安置されており、
分身が寿老人神堂に祀られています。




御朱印です✨

御詠歌も書いて頂きました。

お文が口ずさんでたものです😊


紅葉







👆

行願寺に蝶々がいたのは…
こんな理由でした😊




✴️アサギマダラ✴️




藤袴(フジバカマ)


フジバカマにアサギマダラは
集まりますハート




桔梗(キキョウ)






最後までお付き合い頂き
ありがとうございましたハート


いい夢見てねキラキラ



私は…
ゆずオンラインツアーを
楽しんでおります口笛ルンルン

今夜は横浜から…😍