最近、夕方になると、うっとうしいぐらい「思い出の国」にでかけていました。
過去の幸せにひたひたとひたり、過去のもう目の前にはいない人にすがる憂いの時間を過ごしていました。
苦しい。ほんとに苦しくて仕方ない。どうしてだろう。
あんなに大切にされていたのに、なんでだ、私、
どうしてこんなに思い通りいかないんだろう。
私のなにがいけないの?
なにもいけなくありません。
思い通りいっています。
あと数日できがつきます。
あなたは思い通り理想の幸せをてにいれています。
さあ、くるしいなら、手放しましょうよ。
思い出の国の住人からぬけだしましょうよ。
と言われたら、どうします?
『思い出の国』とは、
死んだはずのおじいさんとおばあさん、お父さん、お母さん、
お別れしてもう会うこともない元彼、元彼、前の旦那さん、前の奥さん、お友達
小さいころのあたたかな家族との交わり、笑い声、小学校のときのやさしかった友人や担任の先生の住む
思い出の国のこと。生まれ育った故郷の空気、空の色、木々のさざめき、海の香り。
喜びのざわめき。笑顔。
「人は死んでも、みんなが心の中で思い出してくれたなら、いつでもあうことができるんだよ」
おじいさんは、そう言いました。
「ココちゃんは目と目がはなれていて、かわいいねw いやーこんな顔はみたこと。ごほんごほん」
とわたしが生まれた時におじいちゃんがうれしそうにくしゃくしゃな顔で言いました。
「いつでも君のそばにいるね」
いつもいってくれていました。
「おとうさんは、遠くにいてなにもできないけど、ココちゃんは
これからどんどん幸せになる、いい方向にしかいかないから大丈夫」
と父がなくなる数日前に、電話もしないお父さんが電話してくれました。
「ココちゃんの言うことは先生信じる。だってココちゃんだもん。
みんなもココちゃんの話を信じてみよう。」
「僕らはみんな生きている♪だからみんなちがってOKさ!」
担任の先生のギターとともにクラスみんなで踊り歌いました。
「ココ」「ココ」「ココ」「君のことが好きだ」
あーん。愛されていたよう。
そして、この思い出の国に青い鳥がいることを教えてくれました。愛されていた。愛されていた。こんなに愛されていた。
ところが、『思い出の国』を出たとたん、現実にかえると
青い鳥はみえませんでした。。
過去への愛着、執着がこんなに苦しいとはしりませんでした。
それで昨日ついにこの気持ちを決別したくて、
色のついたペンを用意するのがめんどうで、
頭の中でイメージした、心の中のあおい鳥を創造しました。
私の心の中の青い鳥はハチドリでした。
それから、
翌朝、翌夕方になると、うっとうしいぐらい「思い出の国」にでかけていました。
過去の幸せにひたひたとひたり、過去のもう目の前にはいない人にすがる憂いの時間を過ごしていました。
「ぼくがいつも守ってあげる、いつもそばにいるね」
「おとうさんは、遠くにいてなにもできないけど、ココちゃんは
これからどんどん幸せになる、いい方向にしかいかないから大丈夫」
「ココちゃんの言うことは先生信じる。だってココちゃんだもん。
みんなもココちゃんの話を信じてみよう。」
ところが、『思い出の国』を出たとたん、現実にかえると
青い鳥はみえませんでした。。
繰り返しです。
マイ夕方は疲れているのかしら?
苦しいきもちの繰り返し。この苦しい気持ちはだれにもばれてはいけない。
だだもれしないように蓋をしなければ。(べきネバ思考)
幸せすぎる過去が美化されているとわかりつつも、
現実のはざまで。
過去への愛着、執着がこんなに苦しいとはしりませんでした。
あーん。せつない。NONというの知ってたよ、
もうだめってしってたよ、かなしいな、かなしいな、
わたしばかじゃけえ、。
あーすればよかった。こうすればよかった。でもできんかった。
立ち直れんけど、立ち直らないと、頭がおかしくなりそう。苦しい。
どうしよう。楽になりたい。
(いま、携帯でみながらベッドの上でねそべってない?)
苦しい、こんな私の話、だれにもいえない。
だれか話をきいて
そんなかたは
私のカウンセリングを受けてみませんか?
詳細はkabenukeotoko☆gmail.com
(☆をとって@マークに)
