自分の夢 持ってた
自分の想像する未来 ある
それに、近づくための行動、してきてたと思う
そこに繋がるのかどうか、わからなくても、
気になることは、
自分のアンテナに引っかかることには、
とりあえず、自分の経験として腑に落ちるまでしてみる、やってみる、
体験してみる
これが、ホロスコープ的にも
私の性格。
回り道に見えても、
腑に落ち、
経験してきたことは、これやっぱり、強みです。
というわけで、否応なしに
「色恋沙汰 Vol.2」
読みたくない方は、スルーーーでね\(o⌒∇⌒o)/
☆∮。・。・★。・。☆・∮。・★・。
セッ☆クスのお話を
自分以外の人たちがいる場ですることに抵抗あるなら
それでいいと思います
そう、なんでもオッケー!なのが、宇宙の法則です
そして、
投げたら、投げたものがそのまま返ってくる
これも、宇宙の法則です
わたし、ここで、何を投げたいのか?
なんだっけ?(゜~゜)ヾ
なんだっけ、じゃな~~い!(笑)
わたし、ここで投げかけたいのはね
結論から言います
「ハッピーなセッ☆クスは、宇宙と繋がり、
私たちがすべて、一体であるということの確認をする。
私は、私のことを愛してあげる存在になることが課題と知る。
すべてが、愛で出来ていて、
すべてが、光なのだということを確認する。
そのために、ハッピー・セッ☆クスできるパートナーを得るのだ。」
ということを、知ってほしいのです。
私は、幼い頃
5歳か6歳の頃には
「ひとり宇宙」を知っていました
しかも、
友達やいとこたちに
教義まで、していました。
私の講義室は、押入れ。
押入れに、女の子たちを集めて
教義していたのです
それほど、自分は寂しかったのだと思います。
私の母は、よく家出をする人でした。
私の両肩に手を乗せ、玄関先で
「あゆみ、ママは出かけてくるけど、いい子でいるんだよ。」
「ママ??どこいくの?」
「じゃぁね!」
玄関を開ける母は、もう振り返りもしませんでした。
今なら分かります。
それでなくとも罪悪感いっぱいなのに、
振り返ったら、さらに自分に追い討ちをかけることになるからです。
けれど、
幼少期の私には、
ママは、私のこと見向きもしなかった。
こうやって、いつも、ママは、私を放り出していく。。。
私、おりこうさんになったら、
ママがおうちを出なくなるのかな。。。
そう、思っていました。
そんな寂しい幼少体験、いっぱいあって、
両親が離婚した後には、
さらにひとり宇宙は、エスカレートしていったのを覚えています。
私にとって、ひとり宇宙は、
自分は気持ちよくなっていい
自分は寂しさを紛らわしていい
自分は母親に捨てられてなんかない
自分は生きていていいはず
自分はひとりじゃない
捨てられたかもしれない自分でも、愛していいはず
そんな、自分を奮い立たす、
自分の命を尊重する行為そのものだったのです
私にとって、性行為というのは
自分自身を愛するという確認行為の方法なのですね。
つづく~~~
つづき、読みたくない方は、「色恋沙汰」は、開かないでね\(o⌒∇⌒o)/
自分の想像する未来 ある
それに、近づくための行動、してきてたと思う
そこに繋がるのかどうか、わからなくても、
気になることは、
自分のアンテナに引っかかることには、
とりあえず、自分の経験として腑に落ちるまでしてみる、やってみる、
体験してみる
これが、ホロスコープ的にも
私の性格。
回り道に見えても、
腑に落ち、
経験してきたことは、これやっぱり、強みです。
というわけで、否応なしに
「色恋沙汰 Vol.2」
読みたくない方は、スルーーーでね\(o⌒∇⌒o)/
☆∮。・。・★。・。☆・∮。・★・。
セッ☆クスのお話を
自分以外の人たちがいる場ですることに抵抗あるなら
それでいいと思います
そう、なんでもオッケー!なのが、宇宙の法則です
そして、
投げたら、投げたものがそのまま返ってくる
これも、宇宙の法則です
わたし、ここで、何を投げたいのか?
なんだっけ?(゜~゜)ヾ
なんだっけ、じゃな~~い!(笑)
わたし、ここで投げかけたいのはね
結論から言います
「ハッピーなセッ☆クスは、宇宙と繋がり、
私たちがすべて、一体であるということの確認をする。
私は、私のことを愛してあげる存在になることが課題と知る。
すべてが、愛で出来ていて、
すべてが、光なのだということを確認する。
そのために、ハッピー・セッ☆クスできるパートナーを得るのだ。」
ということを、知ってほしいのです。
私は、幼い頃
5歳か6歳の頃には
「ひとり宇宙」を知っていました
しかも、
友達やいとこたちに
教義まで、していました。
私の講義室は、押入れ。
押入れに、女の子たちを集めて
教義していたのです
それほど、自分は寂しかったのだと思います。
私の母は、よく家出をする人でした。
私の両肩に手を乗せ、玄関先で
「あゆみ、ママは出かけてくるけど、いい子でいるんだよ。」
「ママ??どこいくの?」
「じゃぁね!」
玄関を開ける母は、もう振り返りもしませんでした。
今なら分かります。
それでなくとも罪悪感いっぱいなのに、
振り返ったら、さらに自分に追い討ちをかけることになるからです。
けれど、
幼少期の私には、
ママは、私のこと見向きもしなかった。
こうやって、いつも、ママは、私を放り出していく。。。
私、おりこうさんになったら、
ママがおうちを出なくなるのかな。。。
そう、思っていました。
そんな寂しい幼少体験、いっぱいあって、
両親が離婚した後には、
さらにひとり宇宙は、エスカレートしていったのを覚えています。
私にとって、ひとり宇宙は、
自分は気持ちよくなっていい
自分は寂しさを紛らわしていい
自分は母親に捨てられてなんかない
自分は生きていていいはず
自分はひとりじゃない
捨てられたかもしれない自分でも、愛していいはず
そんな、自分を奮い立たす、
自分の命を尊重する行為そのものだったのです
私にとって、性行為というのは
自分自身を愛するという確認行為の方法なのですね。
つづく~~~
つづき、読みたくない方は、「色恋沙汰」は、開かないでね\(o⌒∇⌒o)/