日本人で初めてヨーロッパに行った13歳の少年たち | 暮らしをデザインする光

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彩佑子(あやこ)です。

『生涯現役で好きなことをする暮らし』をテーマに発信しています。

大阪と奈良でステンドグラス教室と日本全国の神社のお掃除活動をしています。

 

ステンドグラス作家

光と旅のアトリエ

彩佑子(あやこ)です✨




日本人で初めてヨーロッパに行ったのは 



日本人で初めて
ヨーロッパに渡ったのは誰…?


答えられます?


それは、なんと
 13〜15歳の4人の少年たち



天正遣欧少年使節――



戦国時代のただ中で
日本と西洋の扉を開いた
若き使者たちです。


彼らはまず長崎を出発し

長崎 
マカオ 
インド(ゴア) 
喜望峰 
ポルトガル(リスボン)


という
とてつもなく長い航海を進みました。





そして 1584年8月、
ついにリスボンに到着。
それはつまり…


日本人が史上初めて
ヨーロッパの大地を踏んだ瞬間


その後

リスボン 
スペイン 
イタリア 
ローマ


と旅を続け
教皇との謁見へと向かいます。


13〜15歳の少年たちに
このスケールの旅。 


想像するだけで胸が熱くなります。






私がヨーロッパで初めて“光”に出会ったのは18歳 



そして思えば

私が初めてヨーロッパに行ったのは
18歳のとき。


高校の友人たちと訪れた
イギリスでした。


なんの予備知識もなく立ち寄った
カンタベリー大聖堂

私は初めて
本物のステンドグラスの光
に出会いました。



写真はパリの教会です

当時はスマホがなかったからね




その後、20代になり
パリのノートルダム大聖堂
シャルトル大聖堂……


いくつかの大聖堂を訪れましたが
そのたびに胸に浮かぶ
本音がありました。



フランス・シャルトル大聖堂




それは


綺麗だな” だけではなかった
…ということ。


美しさと同じだけ
影、闇、祈り、苦しみ、歴史の重さ…


言葉にならない何かが
心の奥に静かに沈んでいく。



フランス・シャルトル大聖堂




ステンドグラスは光の芸術だけれど


その背後には
人類の“光と影の物語”
いつも寄り添っている。


光があれば影があり


破壊があれば創造があり


戦いがあれば祈りがある。



人の歴史とは
この二つの揺らぎの中で
続いてきたのだ…と

若い私はどこかで感じ取っていました。


それは鳥肌の立つような…



フランス・パリのサンチャペル





Netflix『MAGI』が教えてくれる“日本と西洋の光と影” 



先週からNetflixで配信が始まった
MAGI ―天正遣欧少年使節―
を観はじめました。


物語の中心は、戦国時代。

織田信長、そして
ヨーロッパに向かった4人の少年たち。


なかでも
伊東マンショの壮絶な生い立ちには
目を背けたくなります。

キリスト教への
憎悪と関心の狭間で揺れながら

日本人初の留学生”として
西洋へ渡った少年。


まだ第2話の途中ですが
「この子たちはどうやって日本と西洋の扉を開いたのか?」


画面を見ながら
何度も息を呑んでしまいます。



彼らが辿った航海は
そのまま文明の転換点につながりました。


・日本の存在が初めて西洋で広く知られ


・印刷機が持ち帰られ


・日本語の活版印刷(ガッパ印刷)が初めて行われた


その後は豊臣秀吉のバテレン追放令へ。


光と闇が激しく交差する
歴史の瞬間です。


ポルトガルのロカ岬





昨日の記事とつながる“歴史の呼吸” 



昨日の記事で私は

「日本人が最初に出会った西洋文明はポルトガルだった」

というテーマを書きました。


そして今日は
その続きのように『MAGI』を観ている。


歴史とはただの
真っ直ぐな線ではなく

光と影が
波のように重なり合う“呼吸”

のようだと改めて感じています。



ポルトガル、リスボンの海





 光と影、そのどちらも抱えながら生きている私たちへ 



ステンドグラスが
光を受けて暗い中で輝くように


私たちもまた
光と影の両方を抱えながら生きています。



歴史の中で繰り返されてきた 


戦いと祈り


破壊と創造


絶望と希望



人類の“光と闇の境界線”に立ちながら
それでも今日


人類の歴史の最先端を生きる私たちは
光を選びたいですねキラキラ




日本の海で朝日








最後までお読み頂き
ありがとうございます♡


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