洋服の持つエネルギーってある。

その服のエネルギーを借りる、って感覚とか、その服のエネルギーを引っ張り込むとか、服のエネルギーをこっちに合わせちゃうとか、洋服に自分のエネルギー注入しちゃうという感覚もある。

 

そこら辺の感覚がわかってくると服を着るのがさらに楽しくなる。

 

 

 

普段、「合わせやすそ〜」とか「着回しききそ〜」とか「無難でいいよね〜」とか「これあったら便利かも〜」とか、どんな基準やねん! 自分が喜ぶことは後回しかい!

 

だいたい「合わせ易そ〜」なのは合わせにくいから。「着まわし効きそ〜」なのは着回せないから、「無難でいいよね〜」はな〜んかダサくね?っていう災難呼ぶから。

 

 

着回しとか合わせやすさとか無難とか安いからとか手頃だからとか…そういうの全部なし!にして、本当に素敵だと思う大好きだと思うどうしても欲しいと思うものだけを選んでみたら?

 

自分の好きとか素敵とかそういうの全否定されて、我慢が大事とか、これが一般的とか、こういうのが受け入れられるとか、あんたまたそんなカッコして!とかとかとか…  そういう嘘を子供時代に吹き込まれて育った40代アッパーの大人たちはホントに気の毒だけど、今からでも遅くない。 本当に自分の好きな物事、求めている方向、美しいと感じる物事をおさらいしなよ。

 

 

洋服に限らず、食べるものや読む本、観る映画、出かけて行きたい場所、住みたい家、したい仕事とか、ゼンッッゼン違ったりして!(^^;;(^^;;(^^;;

そしたら今までして来た努力ってなんだったんだろう!?!?って死にたくなったりして!🤣

 

それもいいと思うんだ。 人生どうせ泣き笑いよ! どんな人でも平等なのはいつか必ず死ぬってことなんだし、あーた、あなた120歳まで生きまっせ!とか言われたらどーする?ドラキュラじゃあるまいし、御免こうむりたいわ。どこも雇ってくれないから稼げないのに生きてたら金かかるじゃん!

 

 

人生ここまで来たら…(私65歳ね)人生案外あっという間の出来事なのね〜…って思うんだわ。

だったら自分以外の何かに振り回されたり人の目気にしてる暇なんかないからね。 自分に正直に、自分の幸せに責任を持って生きなきゃ!って思うんだわさ。

あ、人は幸せになる責任があると思ってるからね、私。 不幸が好きな人は不幸になってて!それもまた幸せさ。

 

だって自分の子供や親や大好きな人が「私は不幸…辛いの〜〜〜」って言ってたら、こっちまで焦るじゃん!

我が子が「幸せじゃない、つらい、学校行きたくない」とか言われた日にゃ、どうしたら幸せで笑ってくれるか全力で幸せにしようとするじゃん。

しかし、我が子とはいえ、私が幸せにしてあげることなんてとんでもできないのよね。できると思ってる親がいるとしたら、子供にとっちゃ大迷惑の思い上がりもいいとこだ!

 

自分を幸せにできるのは、残念ながら自分しかいないのよねん。

だから、人は自分の幸せ、自分が幸せになることに責任があると思ってるの。

 

私が幸せそうにヘラヘラ笑ってたら、親も「バカじゃないの?」とか言いながらも安心してくれる。

子供たちも「なんかうちの親バカみたいにヘラヘラしてるけど、幸せそうだからま、いっか〜」と安心しててくれるんじゃない?

 

洋服選びの話から、随分遠くに来ちゃったけど、洋服選びは自分の幸せ探しにも繋がるって話。

 

無関係な脈絡のない写真だし無理やりだけどまあうまくまとまったな!( ◠‿◠ ) ということにしとこう。