🌷次男の「風景構成法」🌷
上が今年1月、下が5月に描いてくれた
ものです。絵は同じ感じですが、内容は変わって
いました。
自分でもその変化がわかったようです。
何故だろう?と自分に問いかけることが
自分の潜在意識に気づくきっかけになります☺️
✨✨✨✨
夕暮れの交差点で信号待ち
ふっと目の前を横切る自転車
見覚えのあるグレーのベスト
学校帰りなんだろう
ちょっと疲れ気味な表情の女の子
そういえばあのベストは
どこにしまったっけな?
ビニールに入った
一度も手を通さぬままの
次男の高校のベストを思い出した
中学に続き2度目の不登校
義務教育ではない学校
話のわかる良い親として
先ずは対応しなくては!
本能的にそう気持ちが働いてしまうのが
私のダメなところ💦
波風を立てたくない…から
でも一番は
不登校から頑張って勉強して
合格できた進学校
親子で喜んだあの日の記憶を
悲しみで消したくない!
その思いが強かった…から
というのも、
障害のある長男に託せない
自分の理想の子供像を
私は無意識にずっと次男に重ねていた
だから、それが何故ここで崩れるの?
その意識が最もな理由だったのだ…
そしてあっという間に
留年のカウントダウン!
学校側の不条理な対応
根性論の押し付け
担任教師に対する不信感が爆発
そこでやっと私は
長男の子育てから刻まれてきた
「理不尽に立ち向かう戦闘モード」が
自らのHSP気質を凌駕する事になった
今考えると本当に情けないこと
この上ないのは
子供の心の手当てをしないで
逆に登校できない事実を責め
お母さんをこれ以上苦しめないで!と
長男の子育て時期の辛さまで持ち出し
被害者意識全開💦
私は一体何をやっていたんだろう?
誰が一番辛いんだ?
もうめちゃくちゃ反省😓
こんな状態では親子して共倒れになる!
結局私は長男の子育てから
何も学べてない!
我が子とはいえ、次男は別一個人
親の所有物ではない
支配してはいけない
支配されてもいけない
普通なんて無い
当たり前なんて無い
常識って
数の論理から見た多数派の意見
比較する必要は無い
個人の意志を先ず第一に考えて
社会的・道徳的規範に外れること以外
本人の選択に任せること
そう思い直して
とにかく話し合った
毎日毎日、わかってはいても💦
泣いて喚いてぶつかり合って
それでも話した
この時ばかりは
子供と深く話し合える関係性が
できていて良かったと心底思った
そしてわかったこと
子供が学校に戻れば
それで全てが丸く収まるのではない
この不条理な状況ですべき事は
子供が自分の意志で
これからの自分の未来の為に
どうしたら良いかを考えて
自分で決めて行動することだ
親はその選択を見守り
必要ならば支えるという役割でいい…
そう悟った頃から
どれくらい年月が経ったのか?
次男は社会人3年目
その精神的成長には
目を見張るものがあるけれど
根っこは子供の頃のまんまが
見え隠れする(笑)
思いがけずグレーのベストに
あの頃の自分を見た…
結局私は自分自身を認める術を
間違っていたんだなと
そしてそれを教えてくれるのは
いつも我が子だ…
