選択理論マニアの会 代表のnatsukoです。
最近、私が講座やセミナーで用いている
「スルー力(りょく)」
という言葉を気に入って下さっている方が多いようで…

ありがとうございます

これは、選択理論用語ではありませんし、
当然のことながら
グラッサー先生もこんなことは言っていません(笑)でも、あまりにも、
「自分が外的コントロールを使っていなくても、
相手が使って来たらどうするんですか?
」という質問をいただくので、
「選択理論を身につけるということの一つとして、
スルー力を高めることも必要・・・
」と、なんとなく思いつきで言ったのです。(失礼!
)スルーの仕方はいろいろありますよね…

あちらが射ってきた矢(外的コントロール)を

ひょいとかわすもよし

ひとまずその場から立ち去るもよし

まるで、矢が見えていないかのように振る舞う
ことだって、スルーする力と言えると思います。
参考記事
「人から批判されたとき…」
でも、場合によっては、
相手が自分に向けて矢を放った(しかもかなり的を射た
)ということがショックで
とてもじゃないけれど、スルーなんてできないよー


という方もあるでしょう…
残念ですが、世の中には
「外的コントロールが大好き

」という方もいらっしゃいます。そういう方に対しては、間違っても
「外的コントロールを止めさせよう!」という外的コントロールを使わないことです

(それを外的コントロール合戦と私は呼んでいます
)もしも、その外的コントローラー
から距離をとることが許される関係であれば 近づかないという選択もあるわけですが、
自分に向けられた外的コントロール(批判や非難)が気になるのは
その人との関係やその人からの評価が
自分にとって大切なものであるからではないでしょうか…

(自分にとって大切な関係の人からの外的コントロールほどスルーできない…ということですね
)外的コントロールは、
力の欲求が適切に満たされていない時に使用頻度が高くなる
ようです。もしも、その相手が自分にとって大切な関係であるなら、
自分がその人の力の欲求を阻害してはいないか?と振り返ってみること、もしそうでないなら、
相手の力の欲求充足ために何か支援できることはないか?と考えてみることも一つの方法かもしれません。
(
あくまでも、それは支援であって、自分が犠牲になって相手の欲求を満たして上げるということではないですよ…)参考記事
欲求を「満たしてあげる」ことは出来ないんですよ…
スルー力を鍛える
というのは、相手の存在に無関心になるということではなく

相手の言って(して)いることで、
こちらがコントロールされないということです

相手が射って来た矢にばかり注目して

相手との関係がむやみに断絶してしまわないように注意が必要です

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