「選択理論って・・・ちょっと宗教っぽいですよね
」誰から、どんな風に、どのタイミングで聞くかにもよると思いますが、
そんな風に思われる方が時々いらっしゃるようです

個人的には、
心理学と宗教とは、はっきりクッキリ違いがある
と思っているのですが、(あくまでも、私個人の解釈として…です)
どちらも「人生に役立つこと」を教えてくれるし、
どちらも「人としてのあり方」のようなことに触れるので、
どこがどう違うのさ??

と思ってしまうのでしょうね・・・。
選択理論は心理学です。
心理学と宗教について、
私なりに違いを感じている理由は、大きく分けて以下の三つ。
その

宗教と言われるものは、必ず
死後の世界、すなわち 死生観 を持っている
(しかも、かなりダイレクトに…
)心理学の中にも、個を超えた宇宙的一体感・・・みたいな(?)
ことを語られるものもあるようですが、
宗教の場合は、
「私は死んだらどうなるのでしょうか
」という率直な疑問に対する答えを持っているはず。
選択理論は、現実の世界での生きる知恵であるけれど、
選択理論を知ったからと言って、死ぬのが怖くなくなるようなことはないでしょう…。
その

宗教と言われるものは、必ず
崇める対象となる 絶対的な存在 がある。
(神であったり、教祖であったり、真理/教典であったり…
)心理学には、理論はあるけれど、
別にその提唱者を(尊敬はしても) 「崇める」ようなことはありません。
選択理論の提唱者グラッサー博士は、
素晴らしい功績を作られた偉大な人物であるとは思いますが、
グラッサー先生を拝むようなことは、まったくありません…。
そして、グラッサー博士は、この理論を自分の人生に採用するかどうかは
あなたが自由に選択できる、と言っています。
その

これが、両者を混同してしまう一番の原因かもしれませんが

宗教と言われるものは、
その教えによって、倫理を学ぶ ことになる。
(これは“必ず”ではないね。一部の宗教は倫理は説かないみたい…
)心理学って、人の心の理論(メカニズム)を学ぶものなので
モノによっては、
「こういう関わりをした方が、お互いの気分が良い」とか
「こういうことはしない方が、心が穏やかでいられる」とか
“人としての教え”みたい(に感じるよう)なことに強く触れているものもあります。
でもそれは、宗教で言われる倫理のようなものとは少し違って、
人の心のシステムのようなもの。
選択理論で言えば、
こういうことだよね・・・
「選択理論に関する誤解」
これは余談ですが、以前、グラッサー博士にお会いしたとき
「結婚前の性関係」について(どのように思われているか)お伺いしたら、
「それは倫理で扱われる内容で、
倫理は宗教によって教えられるもの。
選択理論は宗教ではないよ
」というお答えでした。
さらに余談ですが、
グラッサー先生は、ユダヤ系のアメリカ人で、
信仰については、「不可知論者」という立場なのだそうです。
無神論(神はいないという立場)ではなく、
神がいるかどうかについては知り得ないという見解です。
はっきりしているというか、責任ある発言というか、慎重というか・・・
おっと・・・ 本題に戻ります

まとめると、
選択理論は、現実世界のことを扱っていて死生観を持っていないということ。
選択理論は、グラッサーによって提唱された1つの行動体系で理論そのものやグラッサー博士を崇めているわけではないこと。
選択理論は、私たちの心(脳)のシステムを説明しているのであって倫理を教えているものではないこと。
・・・というような見解から、私自身は
心理学(選択理論)と宗教は違いがあるんですよ…

と説明させていただいている次第です

一般的な心理学と一般的な宗教の違いについては
もっとご専門の先生に尋ねて、分かりやすい違いが見つけられたら
また追記したいと思います。
+++++++++++++++++++++++++
過去記事に加筆・修正してアップしています
+++++++++++++++++++++++++
にほんブログ村