阪神淡路大震災の日、私は兵庫県の大学一年生でした。住まいの被害はありましたが、かすり傷一つありませんでした。本当に、運が良かっただけだと思います。「あれが、たまたま、あの日はこうだったから」といういくつかの偶然のおかげです。
当時のことを思い出す度に、一番に浮かぶのは「自分には何もできなかった」という恥ずかしさ、無力感。
ボランティアをしなければ!と焦って首を突っ込んでみたものの、混乱ぶりに恐れをなし、すごすごと退散。右往左往するうちに親から「現場にいること自体が迷惑」と指摘され、言い返す言葉無く九州の実家に戻り、ぼんやりした時間を過ごしました。
学校が再開されてからも、ささやかなボランティア経験がトラウマのようになり、積極的に動く同級生らがいるのを横目に見ながら、何もすることができませんでした。
この20年間は、自分が大人としてもがき続けて来た時間でもあります。
震災は必ずまた来る。その時、一体何ができるのだろうか、と改めて考えています。
そして、当時を思い出そうとして気づくのが、忘れていることの多さ。忘れてしまうことを知っているから、こうして今日の自分を記録しておきたいと思うのです。
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