泣いているわけにはいかない。
サバちゃんはわたしが思ってた猫ではなかった。
ちょっとおバカで、そこが可愛いと思っていた。
けれどそうじゃなかったんだ。
最初から、わたしを救うために、来てくれた猫だったのだ。
子猫で、まだ目が青くてちょっとアホそうな顔をしていても、
常にわたしの顔の横で寝ていて、
当時わたしはまだ、四六時中泣いていたので、いつも涙を舐めてくれていた。
それがこの子の使命だと気が付いたのが遅すぎた。
わたしが具合が悪くて寝ていると、必ず上に乗る。
一時は6キロ越えの猫だったので、重くて苦しいのだが、
サバちゃんはわたしから「悪い気」を吸っていたのだ。
そしてわたしが動けるようになると、サバちゃんが大きく体調を崩す。
当たり前だ、その小さい体で大人の邪気を吸ったら、具合が悪くなって当然だ。
わたしが胸の腫瘍の手術をしたとき。
正直、開けて見ないと、どう転ぶかわからないような状態だった。
悪性度は低いとは言われても、リウマチ持ちで血液検査で炎症反応が出るのが常なので、
腫瘍の炎症であるのかそうでないのか、開胸しないとわからなかった。
腫瘍は縦郭という、喉と食道と、肺の間の隙間に出来ていたが、
大きさは5センチほど。子供の握りこぶしくらいあって、
それが肺に癒着していれば、肺を削るかもしれない。
食道に癒着していて、癒着部分が悪性だったりすれば、切り取るしかない。
サバちゃんのことは行きつけの動物病院に併設のペットホテルに預けた。
可哀想だが仕方がない。
幸い、わたしの腫瘍は悪性ではなく、胸膜に癒着していただけで、
教授の指示で、腫瘍だけでなく胸腺も切り取ったということだった。
胸骨を横にバンバン切って胸を開き、それをワイヤーでビヨンビヨンと繋いである。
レントゲンを見ると笑える図柄だ。
退院してきたとき、まだサバちゃんを連れ帰って来ていなかった。
サバちゃんがいない、と、わたしは声を上げて泣いた。
サバちゃんは、帰宅すると、わたしの胸の上に乗った。
胸を手術するとは言ってないのに、お腹ではなく胸に乗った。
骨折状態であるので、わたしは1キロ以上のものを持ってはならず、
サバちゃんを抱き上げることも禁止だったが、
そうもいかない。
何度下ろしても、胸に乗って気を吸おうとした。
いま、わたしの身代わりで癌になったのだ。
12月27日月曜日、年内最後の診察日。
いつものように丁寧なレポートを書いて、8時50分には病院に到着できるように出発した。

↑これは過去の一例。
けれども年末とあって病院は激混み。
一時間ほど待ってから呼ばれた。
嘔吐が減っていないことを先生は憂いていた。
3時に食べた切りで連れて来ていたので、そのフードがどうなっているかを超音波で見て、
血液検査の結果でまた相談しましょう、となった。
そこでサバちゃんを出して、体重を計った。
4.9キロに、増えていた。
5.3キロだったサバちゃんが4.6キロにまで減って、
顔は明らかにやつれて張りがなくなった。
ブラッシングしたらブラシがコンコン骨に当たることが辛い。
三時間で二個のトイレを埋め尽くすような下痢、床一面の嘔吐…。
今が底、今がどん底! と、自分に言い聞かせて、必死にケアをした。
食べたいと言えば、量の加減はするが何らか必ず与えた。
多い時には一日9回もの食餌。
新生児への授乳より多くないか。
眠いのをふらふらで与えたこともある。
誰も見ていない。
誰も知らない。
だけれども、4.6キロから、4.9キロに、増やせたんだ…。
たった300グラムだけれど、5キロのうちの300グラムというのは大きい差である。
誰も褒めてくれない。
誰も認めてくれない。
けれど、二人で頑張って頑張った結果の、300グラム。
大切な大切な300グラムなのだ…。

2021年12月28日。