わたしは精神疾患患者で、うつ病と診断されてからもう16年。
躁転して診断名が迷走し、誤診されて違う薬を飲まされ副作用に苦しんだ数年。
やっといい先生を紹介していただき、薬の微調整のために毎週毎週、片道一時間半の道のりを通うこと4か月。
そこで正式に、躁うつ病であると診断された。
この病気が厄介なのは、実は鬱のときではなく、躁状態にあるときだ。
鬱だった辛さから急に躁が訪れるので、慣れないうちは「万能感」を持ってしまう。
なんでもできる、なんでもやれる、アイディアもデザインも無尽蔵にやってきて自分を止められない。
当然昼夜の区別なく仕事に没頭してしまう。
そして、いろいろと、やらかす。
人とトラブルを起こしたり、使いすぎて口座にお金が無くなってしまったり。
それで鬱に落ちると、もう怖くて作ることなどできない、と怯える。
なので、薬は、軽~いうつ状態にあるように調節されてある。
それが最も安心だからだ。

うつ病と診断を受けてもわたしは働いていて、心理カウンセリングも受けて来ている。
最初のカウンセラーさんとは、運命的に出逢ったのに、なんということか、彼は脳出血で急逝されてしまった。
わたしは、唯一、本音を語れる人を失い、お通夜の時にははばかられるほど大泣きした。

数年の空白を経て、今の心理研究所にたどり着き、そこからもう10年くらい、今の女性カウンセラーさんだ。
酷い状態の時は毎週通っていたが、夫が60歳で定年となり、わたしに与えてくれる金額を大幅に減らされたので、仕方なくカウンセリングの回数を減らした。

そう、何が言いたいかと言うと、伊達に長くカウンセリングを受けていない。
心理学の本も哲学の本も沢山読んだ。

だから、出来る・出来ないはまた別だけれども、いろいろなことの「区別」はつけられるのだ。
しかもその間に、スピリチュアル界でのリーダーを見つけて彼女のセッションも受けているし、マヤ暦を少しかじってそれに沿った暮らしもしてきた。
だから、いろいろ、わかっていることはある。

わたしは、期待しすぎてはいない。
サバちゃんが20歳まで生きてくれるとは、もう思っていないし、長生きだけがいいことだとも思っていない。
しかし、希望は持っている。
薬をちゃんと飲めて、沢山食べられて、ストレスが少なく、日々が穏やかであり。
わたしも含め、これを読んでくださっている方々の祈りも、絶対的に有効であると信じている。
どうせ駄目だとは全く思っていない。
人間の癌細胞だって、実は毎日生まれていて、笑って生きている人はそれを殺して排出出来ている。
ストレスフルだと癌細胞のスピードに負ける。

サバちゃんをいい気持にしてあげておくこと。
だから、薬を口にねじ込むことなど絶対にしない。
診察も最低限でいい。
笑わせてはあげられないから、わたしが笑って過ごす。
だって泣いているとサバちゃんは涙を舐めに来てくれちゃうんだもの。

愛着はもちろんある、すごくある。
でも、執着してはならない。
サバちゃんが苦しくても生きてて欲しいからと、延命治療するようなことはしない。
自分がやられたら嫌であろうことは、基本的に、やらない。

腎不全を抱えているが、腎不全で死ぬより、癌で死ぬ確率が高くなった。
腎臓サポートの缶詰めやパウチをメインには据えてあるけれど、お薬を躍起になって飲ませない。
フードも、一日に6回7回食べるのだから、毎回違うものにしてやっている。
その缶詰までは夫は買ってくれないから、
わたしはサバちゃんを第一にはしているけれども、仕事もして、現金を得なくてはならない。

サバちゃんはワガママを言うようになった。
女王様だ。
缶詰も、一回に二分の一食べさせるが、足りないという顔をして未練がましくついてくる。
吐く心配がない限り、欲しがる時には、時間を見てそれなりに何らか与える。
4キロ台になって、ブラッシングすると骨にコンコンとブラシが当たるのが辛くて、すこしサボった。
久しぶりに一昨日ブラシをしたら、体がすこしふっくらとした。
頬はこけてしまったが、食欲も旺盛で、やや軟便気味ではあるが、下してはいない。

こうして、お薬と、祈りと、あまやかしで、心穏やかに暮らしてもらって、
あれ、案外長生きしてくれたねえ、と、
わたしは言いたい。

それが、目指している2000日なのだ。

余命500日と言われた時、いやいや、それは受け入れられない・受け入れない、と思い、
浮かんだのが「2000日」だったのだ。

それを超えてくれるのはいくらでも超えて欲しい。
でも、せめて2000日生きててもらわないと、わたしは恩返しも謝罪も何も遂げられないのだ。

昨夜も抗がん剤、頑張ってくれた。
ステロイドも行けた。
ありがとう、頑張ってくれて。
生きててくれて、傍にいてくれて、ありがとう。


2021年12月22日