みなさま、みなさまの運動会・体育祭の思い出は、
いかがなものでしょうか?
わたしは、運動音痴で、走るのも遅く、
逆上がりも出来ず、棒やロープにも登れず、
水恐怖症なので、顔をプールにつけることすらできず、
運動会も、体育の授業も、地獄でした。
運動ができないって、落ち度ですかね?
生まれ持った体のシステムや形状が違うのですから、
仕方がない部分ってありますよね。
まあ、そんなわけで、わたしの運動人生は、悲惨極まりないものでした。
教える方も悪いと思いませんか?
いきなり、「はい、じゃあこの棒に登って!」なんて言われても、
体を順にどう動かせば上に上がれるシステムなのか、知らないわたしには、
しがみついて、ただ、罵倒をうけているだけの時間でした。
逆上がりができないのは、圧倒的に腕に筋力が無く、
自分の体を鉄棒に引き付ける力がないからだと、のちに知りました。
教えてくれる体育の先生は、専門知識を持って、
体の動かし方を説明してから、生徒にやらせてほしいものです。
ところで、話は変わりますが、高校生になりますと、
運動会とは呼ばず「体育祭」だなんて、ちょっとお洒落な呼び名になって、
根性論での競技だけではなくなります。
わたしが通っていた高校は、最初は一学年9クラスでした。
それが、3年の時には10クラスに増えました。
当時、一クラスに、50人近い生徒がいました。
つまり、一学年500人近くいるのです。
教室は、ぎちぎちです。
進学校だったせいか、圧倒的に男子が多い学校で、
9クラスのうち、3クラスは、男子のみのクラスでした。
高2の時に、受験する大学を考えて、受ける授業を選択します。
それにより、「国立理系コース」「国立文系コース」「私立理系コース」「私立文系コース」と、3年生のクラス分けがなされます。
運の悪い男子は、1年でも2年でも、なぜか男子クラス。
そして3年で理系コースを選べば、もれなく男子クラス、と、
青春真っただ中の貴重な三年間を、男子に囲まれて過ごした人もいます。
昼休みに、物欲しげに、男女クラスに女子を見に来ていた男子が、
うようよいました。
当時は草食系男子なんていませんでしたね。
高校の体育祭は、3日間ある文化祭の最期の日に行われます。
中学までと違うのは、
赤組白組、という分け方ではなかったことです。
一学年500人近くいるわけですから、赤白に分けるだけでは出番が来ません。
わたしが行っていた高校は、赤団・白団・黄色団・青団という、
4つに分けていました。
そしてその、割り振り方が、とても特殊で、
ほかの高校では無かったようです。
小中学生では、出席番号順に赤・白を割り当てて行ったような記憶があるのですが、
この高校は、
生まれた月で、3学年通して、4つのグループに分けたのです。
赤団が、1月・5月・9月生まれ。
白団は、2月・6月・10月生まれ。
黄団が、3月・7月・11月生まれ。
青団が、4月・8月・12月生まれ、という構成でした。
各団で、応援団を結成します。
大体2年生がやります。
男子は剣道着を着たり、女子は安い裏地で出来たワンピースなんかを着て、
勝利を願う応援をやります。
その、応援合戦にも、点数が入って、
競技で一位を取るのも大事でしたが、
応援合戦で一位を取るのも重要でした。
わたしは2年で応援団に入り、頑張って踊りました。
のろまですが、踊るのは出来るのです。
さて、この、赤団・白団・黄色団・青団。
面白い分け方だとは思いませんか?
生まれ月で分けているので、西洋占星術で言えば、
似たような人の集団になっても、おかしくないのです。
さて、どの団が強そうだと、お思いになりますか?
・
・
・
答えは「ダントツで、青団!」
でした~。
だって、考えてみてくださいよ。
牡羊座と、獅子座と、射手座が入ってるんですよ?
牡羊座の人は明るくてムードメーカー、
獅子座・射手座となったら、もう、パワーの塊みたいな人ばっかりです。
超イケイケなのです!
そうです。青団は、連勝中で、負け知らずでした。
ぶっちぎりに、強いのです。
わたしは12月生まれ、射手座ですから、青団でした。
応援合戦は、すごく練習したのに、
極度の緊張で、女子リーダーが、まだ待機しているはずの場面で、
飛び出して行ってしまいました。
リーダーが出て行ってしまったのですから、わたしたちも続きました。
男子の応援合戦がひと段落して、
女子が途中から重なって入って来るという段取りだったのに、
あんなに練習したのに、飛び出してしまったんです。
出てしまったものは、仕方がないので、わたしたちは姿勢を正して立って、
男子の応援を見守り、
最初に決めていたタイミングで、あたかも、こうだったんですよ~みたいに、
しれっと、入って、力の限り応援合戦をしました。
女子のリーダーは、泣きながらやっていました。
自分が失敗した、自分が飛び出してしまった、と
どれほど後悔したでしょう。
応援合戦を終えて、女子は全員、泣き崩れました。
一位だろうと言われてきていた、青団の応援合戦。
優勝は逃しただろうと、誰もが思いました。
ところが、演技を終えて、泣いていると、そこにアナウンスが入りました。
「応援合戦の部の優勝は、青団!」
わあああ~っとわたしたちは、また大泣きしました。
あれがわたしの、数少ない、青春でした。
あのとき、毎日毎日、応援団の練習で遅くなり疲れていたのに、
文化祭の後には試験があります。
集中力が身についたのか、疲れていたはずなのに、
わたしは一番いい成績を取ることが出来ました。
高校は、進学校だったので、
就職と決まっていたのはわたし一人と、あとは、男子の吉田君一人。
吉田君は、勉強が嫌いだから大学には行かず、
消防士になりました。
わたしは一人就職したので、
今は、当時の同級生との付き合いはありません。
高校生でパニック障害を発症していたのですが、
当時はそんな病名は誰も知らず、
理解を得られることもなく、
親からは怒られて、
楽しい思い出は、少ないです。
でも、あの時の体育祭の応援団は、楽しかったです。
そこだけ、キラキラと残っているのです。
あの高校、今はどんな体育祭をやっているのでしょうか。
気になるところですね。
今日も読んで下さり、ありがとうございました。
「ゆきのひ。」