わたしは、今は働きには出ていませんが、
再婚するまで、最後に働いていたのが、
浅草橋の、雛人形を売るお店でした。

東京の人ならご存知かもしれませんが、浅草橋は問屋街で、
人形屋が沢山集結している街です。
有名な「久月」さん、「吉徳」さんも、浅草橋です。

東京は、同じ業種が集結している街が多いですね。
馬喰町は服飾の問屋街で、東上野は仏壇屋が集まっており、
蔵前は、おもちゃ問屋が多いです。
かっぱ橋のように、きちんと集められた台所・飲食店用品の街もあります。

浅草橋は、その当時でももう既に、
大分、人形屋は少なくなっていました。
少子化・マンション住まいによる部屋の狭さが理由で、
七段飾りが当たり前だった時期はとうに過ぎており、
売れても、三人官女までが付いた三段飾り、それよりも、
お内裏様とお雛様だけの「親王飾り」という、平飾りが、
主流になって来ている時代でした。

わたしが働いていたのは、小さい店です。
ある人の紹介で、そこで販売員として働くことになりました。
店は急いで人材を欲しがっていたので、
わたしは、繁忙期の真っただ中に店にポンと放り込まれ、
誰にも、何も教えてもらえないまま、売る羽目になりました。

ただ、自分の作品を売って来た10年の実績があったので、
段々、お客様の目線をしっかり追って、少し話せば、

予算がいくらくらいあるのかが、わかるようになりました。

そして、正しい知識を持って説明し、そのことで納得をしていただかないと、

ただ、「安いですよ。」、「可愛いでしょう。」では、売れないことがわかりました。
なので、自力で、着物の柄、文様、織りの種類、お雛様の歴史、
日本の色と色合わせ、付属品の種類と名前などを、
本を買ったりネットで調べて、一生懸命に勉強しました。

「可愛いでしょう。」、「安くしますよ。」では、人の心は動かせません。
確固たる知識に裏付けられた説明を聞いて、納得した時、
それが欲しいと、思うのです。

わたしは徐々に成績をあげて、「木目込み人形」のフロアを、
一人で任されることになりました。
古くからいる販売員さんにも、ねたむ人はおらず、
皆さんわたしに任せてくださって、ありがたかったです。
それにこたえられる売り上げは、ちゃんとあげられていました。

うつ病になってからも、そこで働いていました。
正直しんどかったですが、仕事は大好きでした。
わたしは、お客様を引き留めるやり方はしませんでした。
一通り説明して、その人の予算を読み、
それに見合うものをプレゼンしてから、
「では、どうぞ、大店(おおだな)さんに行って、比べてみていらしてはどうですか?
有名店さんにも同じものがありますが、店の札が付くだけで、
軽く数万円違いますよ。ぜひ実際に見ていらしてください。」
と、お客様を送り出してしまうのです。
買え買えとは絶対に言いません。
「ここで買いたいです。」と、お客様に思っていただくことが大切なのです。


来店するお客様は、あたらしく赤ちゃんが生まれた方がほとんどですが、
たまに、好きなので、持っていなかったので、
自分の物が欲しい、というお客様もいらっしゃいます。
また、ちょっと遠い親戚だけど、お祝いしたいのでちょっとしたものを贈りたい、という
方もいらっしゃいます。

そういう方は、たいてい、平日にお越しになります。
土日は、赤ちゃん連れの家族でごった返しになるからです。

「雨の月曜日は売れる」というジンクスが、そのお店にはありました。

月曜日という曜日で、しかも雨の日に、わざわざ来るお客様は、
買うつもりが100%ある、ということです。
なので、そこは腕の見せ所で、
欲しい人は予算を持っている場合も多いので、
雨の月曜は、とても大事な日でした。

もちろん、客数は少ないです。
ですから、数軒ある人形屋で、客の奪い合いです。

雛人形を売っていましたが、3月4日からは、五月人形に入れ替えます。
フロアは、二階で鎧や兜を売っていて、

わたしが担当していた一階では、木目込み人形の可愛い五月人形や、
焼き物の金太郎人形などを扱っていました。
鯉のぼりも、担当でした。
鯉のぼりも、すごく勉強したので、
わたしは高いタイプを買っていただくのがうまくなりました。
幟(のぼり)や吹き流しに、家紋を入れたいという人もあったので、
家紋を正確に把握するため、家紋の本も買いました。
「丸に三つ引き」と言われても、同じ形の家紋が、線の太さなどの違いで、
数種類あるからです。


4月だったでしょうか、ある、肌寒い雨の月曜日に、
わたしは一人で店番をしていました。
おかみさんがちょうど用事で留守で、

配送をする担当の男性は、その日はお休みだったのです。


駅前に、客引きの担当の人を雇っていて、
そういう人は目利きがよくて、あ、この人は人形を買う人だと、
見抜けるんです。
浅草橋には「シモジマ」という店舗用品の問屋や、
「貴和」というアクセサリー用品の問屋もあったので、

駅の前で、それを見分けて、大店さんに行く前に、
わたしが務めていた、小さいお店に、連れて来るのです。

その日、連れられて、中年の男性一人が、やってきました。
わたしは柔らかくお迎えをし、
どなた宛にとお考えなんですか?と、まずお尋ねしました。
すると、その男性は、
「イギリスにいる姪に、男の子が生まれて、初節句なので、
なにか、大げさではなく、モニュメントみたいな飾りを探している。」と
お答えになりました。

あ、これはイケる、とわたしは思いました。
ぴったりのものがあるからです。

わたしは、有名な木目込み人形作家さんの、
小ぢんまりとした作品のコーナーにお連れして、
三種類を、お見せしました。
鯉のぼりに小さな子供が乗っているもの、
犬張り子に小さな子供が乗っているもの、

そしてグラデーションが美しい、大き目な桃の実に男の子が乗っているもの。

鯉のぼりについては、説明はいらないので、
「犬張り子」が、昔から子供の守り神であるとされていることと、
桃は、中国では、天上の果物とされ、非常に珍重され、
長寿を現すものでもある、と説明しました。

そして、これらの作品は、このガラスケースとセットでの販売ですが、
うちでしたら、特別に、中の作品だけでもお売りできます、

海外だと、ガラスケースは送れませんので。
と、説明した。
値段を提示し、また、いつものように、
よかったら大きいお店を見ていらしてはどうですか?とお勧めしましました。

わたしは知っていたのです。

仕事の帰りに、下見の客のふりをして、
大きいお店に調査に行っていました。
同じものを置いていることがあります。
ですが値段はもちろんすごく高くて、値引きもしてくれない。
しかも、この作品については、ケース代混みでしか販売されておらず、
中の作品だけ売ってくれることはないと、
わかっていたからです。

この人はきっと、戻って来て、うちで買うだろう、と確信していました。
作品を気に入ったのは確かですし、
「モニュメントのようなものを。」という要望にも充分応えられる作品でしたし、
ケースなしでも綺麗な化粧箱に入り、
海外発送用に梱包までいたしますよ、と言っておいたからです。


思ったよりも早く、その男性は、戻っていらっしゃいました。
他にどのお店を見たのかは尋ねませんでしたが、
「やっぱり、こちらで買います。」と言っていただき、
やった!と思いました。

持ち帰りたいとおっしゃるのはわかっていましたので、
わたしはその方が店を出て行かれてから、すぐに、
海外にこのまま発送できますよ、という梱包を、
用意して待っていました。
いつもなら、配送の担当の人が居てやってくれるのですが、
わたし一人なので、やれるうちにやらないと、と思って用意しておいたのです。

犬張り子と、桃で、悩まれていました。
どちらもわたしは好きでしたので、意味はもう説明したし、
あとは、姪御さんが、どちらを喜ばれるかですね。
海外でしたら、インテリア性というのもあるでしょうし、と言うと、
その方は、桃の実を、選ばれました。

それを赤い化粧箱に入れて梱包している間、
お買い上げ伝票に記入していただきます。
それが済んだ後も、一対一でしたので、少し雑談をしました。

その時、本当は、してはいけないんですが、
どうにも気になってたまらず、その方に、
「どんなお仕事をなさっていらっしゃるんですか?」と、
お尋ねしてしまいました。
本当は聞いてはいけないんです。聞いたことはなかったんです。

すると、その人は、
「心理カウンセラーをやっています。」
と、おっしゃいました。
「心の病気の人の話を聞いたり、産業カウンセラーといって、
会社と契約して、社員の方の心のケアをしてもいます。」

…カウンセラーさんだったんだ!

わたしはその時、
通っている大学病院の精神科の担当医に、不信感を持っていました。
デパスはいくら飲んでもいい、というし、
薬の副作用で便秘が酷いと話すと、
大量の酸化マグネシウムを処方されて、ひどい下痢になったり。
話もあまり聞いてもらえないし、とても冷たいのです。

わたしは、自分がうつ病であることは隠して働いていましたが、
夕方になると、「鉛状麻痺」というのが出てしまい、
何かを持っていることが出来ないくらい、腕がもげそうなぐらい、
重たくなる症状に苦しんでいました。

呂律も回らなくなり、
知っているお客様なんだけれども、いつお会いしたお客様なのかを、
覚えていられなくなってきていました。

わたしはその、カウンセラーであるという方に、
何も言いませんでしたが、見抜かれたんでしょうか、
「今日はプライベートだから名刺入れを持ってなくて。」と言いながら、
財布を取り出し、
「これ、古い方の名刺ですけど、メルアドも電話番号も同じなので。」と、
わたしに、ちょっと擦り切れた名刺を、くださったのです。

お買い上げいただいたものは、箱を二重にしてクッション材を詰めて、
「これでこのまま、海外に送ることが出来ます。」とお渡しして、
お代を頂き、領収書を渡して、
お別れしました。


わたしはその、擦り切れた名刺を、後生大事に持っていました。

そして、五月人形の販売が終わってわたしのバイトが終了した時点で、
メールをさせていただきました。

それが、わたしの、最初のカウンセラーさんになります。


雨の月曜日は、本当に大切な日になります。
これを読んでくださっている方の中に、
販売や接客をしている方もいるかもしれません。
月曜日に、雨なのに、わざわざ来るお客様は、大事です。

買っていただいただけでなく、
わたしは、カウンセラーさんという人と、
運命的に、出会ったのです。

雨の月曜日を、大切にしてみませんか?


今日も読んで下さり、ありがとうございました。

「ゆきのひ。」


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