先日2回にわたり、こちらのゲームに参加させていただきました。
このところ、なんとなく
あー、これって現象世界なんだ…
リアルではないんだな…
と、ふわふわ漂ってしまって
虚無感というか、切なさというか
一種いたたまれない気持ちになっていて
そうだとしても
この世は現象世界、と認識している方たちが
このゲームで気づいてほしい
と思われていることは何だろう?
それが知りたくて参加を決意しました。
初日は2人一組で、私たちが集めようとしていたのは「時間」でした。
ペアの方がいるので、私ひとりの問題ではないから、と頑張って集めようとしましたが、なかなか進まず。
前半終了時、自分たちもまだまだな達成状況な上に、世界の状況メーターも悲惨な状態💦
これはヤバイ!
ゲームだとわかっていても焦りが湧きました。
後半は世界全体を俯瞰する視点を全員が持って動いていました。
けれど、今度はそちらを重視した私たちは
もう私たちの望みはとりあえず、もういいよね、という姿勢になり、最後の方で、せめて達成できるチームが増えればいいと思い、カードが足りないチームに私たちの全部のカードをあげてしまうことに。
ペアを組んだ方は
「負け惜しみではないけど、世界がよくなれば、このゲームの[誰一人取り残さない]というコンセプト通り、自分の資産がなくても幸せでいられるかもね。」
と言ってくださり
ああ、そういう考え方もあるな〜
と感心しました。
ただ、私自身は心のどこかで
ま、しょせんゲームだしな
と斜に構えていることに気づかされ…。
ゲームだから、手持ちのカードを簡単に人にあげることができる。
ゲームだから、目標を達成できなくても平気でいられる。
これはリアルではないから…
それは正しく、最近の私が、この世に抱いていた感覚…。
この翌々日も同じゲームに参加。
今度は、ひとり個人でのプロジェクト対応です。
全体を見て一緒に動いたらいいよ、と声をあげたい気持ちと共に、前回の前半終了時のあの感覚をみんなにも味わってほしい気持ちも。
この日も前半終了時には、同じような状況になり
後半みんなの意識が変わり、素晴らしい達成を迎える、というドラマが起こりました。
ゲームも現象世界も一緒だな。
そんな思いがよぎりました。
お食事のときにサナーさんに、そんな感覚のことをお尋ねしてみましたが、私はまだ地に足がつかないまま帰宅。
それからしばらくして
私はなんでこんなに、どうせリアルじゃないんだ、この世の役割を演じているだけなんだ、ということを寂しく感じているんだろう?
と疑問が湧きました。
そこで出てきたのは
これがただのドラマだったら
私の周りにいてくれる愛しい人たちとの関わりも、ただの配役に過ぎないことが哀しい
という思いでした。
本当じゃないなら虚しい。
これがニセモノなら寂しい。
リアルじゃないならなら意味がない。
そんな投げやりな気持ちになっていました。
自分で創れるよ、と教えてもらっているのに
ほんとじゃないならやーらない
って投げ出す感じ。
そんなの無駄じゃん!
意味ないじゃん!
損するだけじゃん!
損得勘定が顔を出す。
あーあ、またか。
まだまだ未熟だな。
と湧く思い。
そのとき、ふと思ったんです。
え、ちょっと待って!
これがリアルじゃなかったら哀しすぎる
と思うくらい、大切な人たちが私の周りにいてくれるんだ♡
そしたら単純だけど
そっか、そっかー。
じゃあそれを目いっぱい味わおう♡
という気持ちに満たされて🌟
すると自然に
世界中の人たちが
満たされた気持ちであってほしい
という想いに満たされて🌟
そうしていたら、あの宇宙の動画が蘇ってきました。
会場であの宇宙を見て涙している方がいる中、
私は淡々と眺めていました。
私、感覚が鈍いんだな、冷たい奴だな
という思いを持ちつつ。
ただ、最後に宇宙がリボンのような形を現したとき
あー、だから私、こんなにリボンが好きなんだ♡
と感じたことを思い出したんです。
こんなに愛しくて大好きなものがある世界♡
現れたくて現れた、この世界♡
あのゲームの最後に
私が見たいと思った世界は
みんなが幸せで満たされた気持ちで笑顔でいられる世界🌎
気づきを与えてくださったサナーさん☀️
お誕生日おめでとうございます🎂
心から感謝いたします✨
そして、ゲームを体験するチャンスを与えてくださった皆さま
本当にありがとうございました💖




