今日は、どうしても

今このタイミングで伝えたいことがあって、

こうして言葉を綴っています。

 

実は私は、少し前までアルゼンチン、

そしてチリのパタゴニアに行っていました。

 

山や氷河を巡りながら、

自然の厳しさと雄大さに触れる、

約16日から17日ほどの旅。

 

ほとんど20日近くにわたる時間を、

1人でリュックを背負い、

キャンプをしながら過ごしてきました。

 

風の強さ、雨の激しさ、

刻一刻と表情を変える空。
 

パタゴニアは、

私たちが「生かされている」ことを

嫌でも思い出させてくれるような場所でした。

 

けれど今回の旅は、

ただの自然体験では終わりませんでした。
 

帰国のタイミングで中東情勢の緊張が高まり、

当初予定していたドバイ経由のルートで

日本に戻ることができなくなったのです。

 

そこから急遽、宿を取り直し、

航空券を探し直し、

どうやって日本へ帰るかを

必死に考えることになりました。

 

結果として私は、ブエノスアイレスから

チリ・サンティアゴへ向かい、

そこからオーストラリアのシドニーを経由して、

日本へ戻るというルートを選びました。

 

つまり、日本を出てドバイ、

アフリカ方面を通って南米へ入り、

帰りはオーストラリアから上がってくるという、

実質的に南半球をぐるりと一周するような

形になったのです。

 

その旅の果てに、

日本の上空へと戻ってきたとき。
私は、はっきりと感じました。

 

「日本のエネルギーは、まったく違う」

 

今日は、その旅の中で私が体感したこと。
そして、世界を一周して改めてわかった、

日本人の役割とDNAの真実について

お話ししていきたいと思います。

 

 

地球を一周して見えた「日本の光」

 

飛行機で長距離を移動していると、

土地ごとの空気感やエネルギーの違いを、

私はとても強く感じます。
 

「この国はこういう響きを持っている」
「この土地にはこういう呼吸がある」
 

そんなことが、感覚として入ってくる瞬間が

何度もありました。

 

そして最後、日本の上空に差しかかった瞬間。
もう、本当に全然違ったんです。

日本は、ただ静かで穏やかなのでは

ありませんでした。
 

私にとってそれは、

“実直に美しい”という感覚でした。

 

何が美しいのか。
それを自分の中でじっくり

味わっていったときに見えてきたのは、

日本という土地が、

天と地が調和してまっすぐにつながっている国

だということです。

 

まるでこの国には、

光の柱が立っているような感覚がありました。

 

古くから日本は、神々や龍たちが集まり、

天地をつなぎながら築かれた土地

だと言われています。

 

そして、その結界の中で、

人もまた育まれてきた。

 

そうした神話的な感覚が、

単なる物語ではなく、

実際のエネルギーとして

息づいているように感じたのです。

 

日本の精神性には、

他の土地とは違うものがありました。
 

それは、強さを誇示するエネルギーではなく、

すべてを称え、すべてと共にあろうとする

丸い精神性です。

 

神様も、人も、自然も、

食べ物も、家も、道も、海も。
 

すべてに対して

「ありがとう」と言いながら、

この国全体が呼吸しているような

感覚がありました。

 

その瞬間、私の中で

DNAがさらに共鳴したような感覚

が起きました。
 

そして思ったのです。

中東で緊張が高まる今、

世界のあちこちで

対立や混乱が起きている今、
私たち日本人にできることは

何なのだろうか、と。

 

 

日本という国は「世界の交差点」にある

 

今回の旅を経て、

改めて意識したことがあります。
 

それは、日本という国の

地理的・エネルギー的な特異性です。

 

日本列島は、複数の大きなプレートが

交差する場所にあります。
つまり、地球のエネルギーが

集中しやすい場所だということです。

 

火山、地震、津波、台風。
日本は、自然の脅威と

常に隣り合わせに生きてきました。

 

実際、世界の活火山のかなりの割合が、

この小さな国に集中しているとも

言われています。

 

けれど私は、これを単なる

「災害の多い国」とは感じませんでした。
 

むしろ、

地球の命の鼓動が強く響く場所

だと感じたのです。

 

たとえるなら、日本は地球の

「渋谷スクランブル交差点」

のような場所。
 

さまざまなエネルギーが交差し、

ぶつかり合い、混ざり合い、

そして新たな流れが生まれていく。

 

だからこそ、

日本では自然現象が活発であり、

命が大きく震える。
 

そして、命あるところには神が宿るのです。

 

日本人が古くから、山や川や海や風、

石や木に神を見てきたのは、

単なる迷信ではありません。


この土地そのものが、

生きた巨大なエネルギー体だからです。

 

 

自然と共に生きる中で育まれた日本人の精神性

 

日本では昔から、

お米を育てること一つとっても、

自然を無視しては生きていけませんでした。

 

雨が降るのか。
日照りになるのか。
風はどう吹くのか。
いつ田植えをするのか。

 

そうしたことを、

人は空を見て、風を読み、

土の気配を感じながら

決めてきたのです。
 

つまり、

人間の知恵だけでは届かない

大いなるものと、

共鳴しながら暮らしてきた。

 

この

「人智を超えた大いなる力と

共に生きる感覚」が、

日本人にとっての神の感覚

だったのではないかと思います。

 

西洋では、大地に石を積み、

都市を築き、いかに征服し、支配し、

守るかという発展の仕方をしてきた

側面があります。
それはそれで一つの文明の形です。

 

けれど日本は違った。
自然の脅威を前に、

人は支配者ではいられなかった。
 

だからこそ、自然と戦うのではなく、

自然を敬い、共に生きる

という精神性が育まれたのです。

 

その象徴の一つが、日本語であり、

言霊なのだと私は思っています。

 

 

日本語は自然と共鳴して生まれた言葉

 

日本人は、虫の音や川のせせらぎ、

風の音を「声」や「メロディー」として

感じることができます。
 

これはとても興味深いことで、

世界の中でも珍しい感覚だと言われています。

 

多くの人にとって

虫の音はただのノイズでも、

日本人はそこに風情を感じる。
 

川のせせらぎに癒やされ、

木々のざわめきに何かを受け取る。

 

なぜそんなことができるのか。

私はそれは、日本語そのものが、

自然との共鳴の中から生まれた言葉

だからだと思っています。

 

日本語は、

機能性や効率性だけから生まれた

言語ではありません。
 

自然を見て、光を見て、風を感じて、

心の奥からふわっと湧き上がった響きが、

そのまま言葉になってきた。

 

だからこそ、日本語には言霊が宿る。
言葉そのものが、

自然の周波数とつながっているのです。

 

「いただきます」
「ごちそうさま」
「もったいない」
「おかげさま」

 

こうした言葉は、

単なるマナーではありません。
万物に対する返事であり、

感謝であり、祈りです。

 

私は、この“返事としての祈り”こそが、

日本人のDNAに深く刻まれている力

なのではないかと思っています。

 

 

パタゴニアで体験した「体の中の神様」との共鳴

 

今回の旅では、

フィッツロイという山にも登りました。
朝焼けで真っ赤に染まる

「燃えるフィッツロイ」を見るためです。

 

けれどその登山は、

本当に楽ではありませんでした。
 

重いリュックを背負い、

暗いうちからヘッドライトをつけて登り、

股関節や膝、腰にもかなりの負担がかかりました。

 

もう無理かもしれない。
そう思う瞬間も何度もありました。

 

でもそのとき、

私は自分の体の中にいる神様たちに、

ずっと呼びかけていたんです。

 

膝を司る神様。
股関節を守る神様。
足を支える神様。

 

そこに意識を向けてヒーリングをかけていくと

不思議なくらい痛みが引いていく。
 

自分一人で登っているのではなく、

体の中の神様たちと一緒に登っているような

感覚になっていきました。

 

私は以前から、私たちの体の中には、

神社のようなポイントが

無数にあると感じています。
 

それは東洋医学でいう

経絡やツボの感覚にも近いかもしれません。

 

日本全国に神社があるように、

私たちの体の中にも神様が宿る場所がある。
 

そこに意識を向けると、反応が起こる。
観測すると、動き出す。

 

量子の世界にも通じるような、

不思議でありながら自然な共鳴です。

 

そして私は、なんとか頂上で朝日を迎え、

10%あるかないかと言われていた条件の中で

見事に真っ赤に染まるフィッツロイを

見ることができました。

 

その瞬間、体の中の神様たちが

「ありがとう」

と言ってくれたような気がしました。
 

ああ、ちゃんと一緒にここまで来たんだ。
その感覚が、とても尊くて、忘れられません。

 

 

日本人にできることは「戦うこと」ではなく「祈ること」

 

今回、中東での緊張が高まり、

帰路にも影響が出たことで、

私は改めて考えさせられました。

 

世界で対立が起きているとき、

日本人に何ができるのか。
 

武器を持つことなのか。
誰かを責めることなのか。
強さを競うことなのか。

 

私は違うと思っています。

 

日本人が本当にできること。
それは、祈ることです。

 

祈りとは、

ただ願うことではありません。
 

自分の意思と生命エネルギーを、

自然の周波数にぴたりと合わせること。
 

そして、その調和した状態から

世界に響きを送ること。

 

日本人は、

それができる民族なのだと思います。

 

手を合わせるという動作も、

右と左を合わせ、

天地を統合する行為だと言われます。
 

さまざまなものが重なり合う

日本という土地で、

私たちが調和の意識を持って祈ること。
 

それは、地球全体に対して

大きなエネルギーを送ることに

つながるのではないでしょうか。

 

武器を飛ばすのではなく、愛を飛ばす。
 

それが、日本人の本来の役割なのだと、

私は今回の旅ではっきり感じました。

 

 

自分を愛することが、世界を愛することにつながる

 

「祈る」と聞くと、

特別な人だけができることのように

感じるかもしれません。
 

でも私は、祈りの始まりは

とてもシンプルだと思っています。

 

それは、

自分の命に感謝することです。

 

自分の命に感謝すると、

自然に感謝が湧いてくる。

自然に感謝すると、

世界に感謝が広がっていく。
世界に感謝すると、

神様にも、目に見えない存在にも、

すべてのつながりにも感謝が広がっていく。

 

これがフラクタルです。
 

内側と外側はつながっている。
自分を愛することは、

世界を愛することにつながっている。

 

だからこそ、私たちはまず、

自分を整え、自分を愛し、

自分の命を称えることが大切なのです。
 

そこからしか、

本当の平和も調和も

始まらないのだと思います。

 

 

地球を一周して、私はさらに確信しました

 

今回の旅は、

ただの海外旅行ではありませんでした。
 

地球を一周するような形で

戻ってきたからこそ、

日本という国の本当の凄さが、

外側からはっきりと見えたのです。

 

日本は、世界の縮図のような場所。
地球の命が交差する場所。
 

神様が宿り、龍が集い、

自然と人が共鳴する場所。

 

そして日本人は、

その中で育まれてきた、

祈りと調和の民族です。

 

これからの時代、

力で押し切る在り方は、

ますます限界を迎えていくでしょう。
 

だからこそ必要になるのは、

目に見えないものを感じる力。
言霊を使う力。
祈る力。
そして、愛で世界と共鳴する力です。

 

私は今回、パタゴニアの大自然の前で、

神様にこうお願いしました。
「どうぞ私を、

地球の平和のために

使ってください」と。

 

その願いが、こうして言葉になり、

皆さんに届いていることにも

意味があるのだと思います。

 

どうか今日の記事を通して、

日本人の中に眠っている本来の力を

少しでも思い出していただけたら

嬉しいです。
 

私たちには、できることがあります。
祈ることができます。
愛を飛ばすことができます。
 

そして、自分の内側から

世界を整えていくことができます。

 

地球を一周して、私はそれを確信しました。

日本は、本当にすごい国です。
 

そして、日本人のDNAには、

まだまだ思い出されていない

尊い役割が眠っています。

 

これからその力を、

一緒に目覚めさせていきましょう。