過去に読んだ西原さんの2著作の印象を一言でいえば、「高知女の凄さ」になるけれど、この本は、蹉跌回避の知恵本になっているから、「高知の女の子」は言うまでもなく「普通の女の子」でも、人生の先輩女性が著してくれた赤裸々な先行事例として楽しく学べるだろう。面白いから、わずか2時間で読了できて、2回爆笑してしまった。2017年6月初版。

 

 

【本当に覚えておかなきゃいけないのは・・・】

 これから世の中に出ていく女の子に、覚えておいてほしいことがある。

 立派な言葉なら世の中に溢れてるけど、私がいいたいことは、そういうことじゃない。本当に覚えておかなきゃいけないのは、たぶん、転んだ時の立ち上がり方。

 長い人生、人は何回も転ぶ。その時腐らずに立ち上がる方法。

 どうか、覚えておいて。(p.12)

 “はじめに” の一番最後に書かれていること。

 

 

【我慢の功罪】

 人生は、我慢比べじゃないからね。「あんたのために我慢している」なんて言われたら、子どもは何も言えなくなってくるし、本当はうんと悲しい。真面目な女の人ほど「あたしさえ辛抱すれば」と思いがちだから、気をつけて。

 ひたすら「我慢すればいい」っていうのは、次の一手を打つことを、はなっから諦めてしまうこと。考えることを投げ出してしまうこと。心が折れてしまったら、逃げ出す気力さえなくなってしまう。(p.28)

 著者さんがこう表現するのは、お金のない状態になると、家族の心は乱れ、父親は暴力を振るうようになり、女や子供はそれに耐えるしかないという状況を、嫌というほど経験してきたからこそのこと。

 スピリチュアルを学んで理解し会得している人なら、我慢の功罪はよく分かっているはずで、このようなDVを生むの家庭(過程)環境は、もうとっくに卒業しているはず。

  《参照》 『アセンションプロ集団「ラー一族」』 ラリア (ヒカルランド)《4/4》

           【自分自身の魂に正直になる】

 下記リンクに、我慢を重ねた方の分かりやすい症例が書かれている。

  《参照》 『世界は祈りでひとつになる』 白鳥哲 (VOICE) 《前編》

            【舌下腺の腫れ】

 日本には昔から、辛抱が美徳、我慢することが偉いという精神論があるけれど、それは間違いです。(p.134)

 女の子たちに、まず知識として知っておいてほしい。あなたの人格を否定してはいけないということ。誰もそんなことをしていい人なんていない。

 覚えておいて。もしそういうことがあったら、世間体も何も気にする必要はない。

 行政には当日に入れるシェルターがあることや、いざというときの生活保護のうけ方。

 先に必ず知識として入れておいてください。

 とにかく逃げて。我慢しないで、頑張ろうと思わなくっていいから、一刻も早くそこから逃げてください。(p.136)

 1983年にNHKで放映されていた「おしん」という連続テレビドラマが、日本でも中東でもシンガポールでも、たいそうな視聴率を上げていたらしいけれど、

   《参照》  『望遠ニッポン見聞録』 ヤマザキマリ (幻冬舎) 《前編》

            【おしん】

「我慢」を“美徳”として捉えていた日本文化も、地球の周波数上昇に伴って変容を余儀なくされている。今は、我慢の“功罪”の、“罪”の部分にも目を向ける必要があるのである。

 自分自身が満たされていない段階の人が語り実践する「他者への愛」は、「無償の愛」になどなり得ない。「自己犠牲」といえば聞こえはいいけれど、「我慢」は「自己犠牲」と言えるほど極まったものではない。故にその実態は「歪んだ愛」以外の何物でもない。「代償を要求する有償の愛」、それ即ち、「偽善」でしかない。

 チャンちゃんは、「我慢」という言葉の意味は、「我、慢心セリ」即ち「無償の愛を偽装する傲慢な我」ということだと思っている。

 また、露骨に邪悪な人間に直面して、腹が立った時、チャンちゃんは決して我慢しない。その場でその感情を悪しき言霊にして露骨にぶっ放すこともある。“話す”は“離す”に通づるからである。(マイナスの感情を内に溜め込まないため)

 表向き常に平静・温和を装うことができる人間たちの魂の歪みぶりは、むしろ酷いものである。そう、「人生そのものが偽善ないしウソの塗り固め」。その低い周波数で安定しているのである。

 

 

【永世中立国】

 女3人にらみあっててもラチが空かないし、息子に聞いてみたんです。

「間に入って、仲裁する気ある?」

「ないない、死んでもない!」

 逃げる気まんまん。永世中立国を決め込むつもりらしい。(p.30)

 女3人って、著者さんと実母と娘。

 “逃げる気まんまん”で爆笑してしまったのだけれど、息子くんの永世中立策は、ウルトラ賢いだろう。男からしたら女なんて、反転した宇宙のそのまたあっち側から来たコテコテばらばらヌルヌルのスットコ宇宙人ですからね。

 

 

【“根拠のない自信ってヤツ”が吹き飛んだ?】

 高知から上京して、美大の予備校に通い始めて間もなく、課題で描いたデッサンが、成績順に張り出されていたという。

 で、その結果は・・・

 最下位。

 何度見直しても、自分よりも下はいない。

 高知にいた頃は「イラストレーターもいいなあ」なんて身の程知らずなことを夢見ていたのに、もう、どうしようって。

 だけど、あの時、根拠のない自信ってヤツが吹き飛んでよかった、ぺちゃんこにされて良かったって、今でも本当にそう思うんですよ。

 いざ美大に入学してみたら、周りには、在学中から賞を取ってる人たちがわんさかといたけれど、あの人たちと自分は違うってことが、その頃には、良く分かっていた。

 別に卑屈になって、そう思っているわけじゃない。予備校時代の一年間で、最下位からスタートしたおかげで、自分と相手にどのくらいの実力差があるのか、それがわかるくらいの知識と技術は、身についていた。

 自分のことを客観的に判断できるって、そのくらい大事なこと。(p.45-46)

 “根拠のない自信ってヤツが吹き飛んだ”ってあるけれど、著者さんの場合、正確に表現するなら、吹き飛んでいないだろう。本当に吹っ飛んでいたのなら、イラストレーターになることを諦めていたはずである。

 元来、イラストの評価基準はいくつもあってしかるべきで、正確な写実という視点でのイラスト技能をもつ人は芸術家の素質アリといえるだろけど、著者さんは芸術家を目指していたのではなく、最初からイラストレーターを目指していたのだから、一般的な評価基準で何位であったかは、どうでもいい。実際のところ、著者さんの場合は、自分スタイルのイラストが活きるニッチ(狭い隙間)な市場に活路を見出すことを現実のものとしたのだから、イラストレーターとしての“根拠のない自信”は、魂の奥深くに盤石にあり続けていたはずである。

   《参照》  『ハーバード、マッキンゼーで知った一流にみせる仕事術』 富阪美織(大和書房)《後編》
            【「根拠のない自信」が人を惹きつける】

   《参照》  『脳が変わる生き方』 茂木健一郎 (PHP) 《前編》

            【学びを喜びに変える秘訣】

 

 

《後編》