“昔懐かしい”漫画家さんの自叙伝を、古書店でめっけたので読んでみた。竹宮さんの作品は『地球(テラ)へ』しか知らなかったにもかかわらず、それ以外のことばかり色々書かれている本書を読んで、「へぇ~、そうだったんだぁ」などと思いつつ、今から50年ほど前の45日間にわたるヨーロッパ旅行の記述や、マンガ業界の編集に関することなどが面白くて、たちまち読み終えてしまった。マンガ家を目指している人が読んだら、具体的な学びがテンコ盛りだろう。2016年2月初版。
【萩尾望都との出会い】
上京していた才能ある駆け出しの女性漫画家二人は、編集者の紹介で出会うことになった。
萩尾望都さんは20歳の女性だった。私と同学年。私は自分が徳島に住んでいて、今は遅れた原稿を順番に仕上げるために缶詰旅館を泊まり歩いていて、しばらく家には帰っていないという話をした。
彼女は福岡県の大牟田市から来ていると言う。
「どこに泊っているの?」と聞くと、「練馬区の大泉にペンフレンドがいて、彼女の家に泊っているの」と答えた。
ペンフレンドの名前は増山法恵さんといった。彼女も『別冊なかよし』で見た『爆発会社』を読んで、いち早くファンレターを萩尾さんに送ったのだそうだ。(p.14)
この出会いを機に、竹宮さんと萩尾さんは同じ屋根の下に住み同じ部屋で創作活動をすることになる。そして、そこは、1970年代初頭の2年間、“大泉サロン”という漫画家たちの溜り場になっていたのだという。
同学年のお二人は、1950年生まれ。
【モーさま、ノンたん、ケーコたん】
私たちはいつしか、お互いを愛称で呼び合うほど、距離を縮めていった。萩尾さんのことはモーさま、増山さんはノンたん、そして私はケーコたん。
増山さんは旗を持って先頭に立つガイドのような存在だった。幸い彼女の高校時代までの友人の何人かがすでに留学をしていて、いち早く海外の情報を得ることに不自由はなかった。(p.62)
ノンたんは、マンガ家ではなく親の意思で音大を目指している子だった。モーさまとケーコたんが住んでいた家である「大泉サロン」は、ノンたんの家から徒歩30秒の所にあった。
【カメラのような視覚脳力】
私や萩尾さんは1回観ただけで、映像をそのまま丸ごと、視覚的に記憶できたので、互いに興味を持った画面構成の面白さを確認し合うことができる。
そうなると増山さんは途端に無口になって、「マンガを描く人って、どうしてこんなに感覚が違うの?」と言いながら私たちの話を聞いていた。
増山さんは物語中心に映画を見るタイプだとしたら、私たちはビジュアル中心に観ている。「考える」の前に「観る」がある感じだ。(p.64)
“1回観ただけで、映像をそのまま丸ごと、視覚的に記憶できる”というカメラのような視覚脳力は、秀でたマンガ家さんたちが共通して持っている特殊脳力(能力ではなく脳力)らしい。
【水木さんの場合】
【世の理不尽】
人々がちっぽけな存在であること、だからこそ愛すべきであること、善きも悪しきもひっくるめて人だと、人間のどうしようもなさに、涙した学生時代を思い出した。
あのころは世の理不尽を永久に解決できないと思って泣いたこともある。(p.66)
完全さを求めてしまう純粋な心は、青年期ならではの心模様の核だから、こういう記述を読んだら誰だってその頃の自分自身の心境を思い出してしまうだろう。
そう、この地球生命圏は、どうしたって“不完全な世界”である。
《参照》 『それでもなお、人を愛しなさい』 ケント・M・キース (早川書房)
【原稿料の男女差】
なかでも女性作家の原稿料をせめて男性作家並みにという問題には、切実な関心を持っていたと思う。サロンのメンバーは・・・(中略)・・・1ページ2500円くらいだ。(p.75)
で、男性作家では、
ちばてつや先生の名前が一番に挙がった。・・・(中略)・・・。
『あしたのジョー』人気が社会現象にまでなっていたから、みんな、納得した。
「それで、いくらなのよ」
「噂だけど、1ページ5万円だって!」 (p.75)
大泉サロンのメンバー(萩尾望都、竹宮恵子)だって、女性作家で一番売れていたそうそうたる面々である。
なのに、その額は20分の1。
今は、それほどまでに大きな差はないと思うけれど、どうなのだろう。
『あしたのジョー』が出てきたのでついでに蛇足で書いておくなら、クロスカウンターの場面とジョーの口から出たフレーズを思い出さない人は、一人としていないだろ。沢木耕太郎の『破れざる者たち』というルポルタージュは、男たちにとってド嵌りしやすい良書である。
《参照》 『深夜特急 第3便 飛光よ、飛光よ』 沢木耕太郎 (新潮社) 《前編》
【旅が与えてくれたもの】
【異次元につながる穴】
(萩尾望都と)SFの話もしたけれど、私の知識が彼女より少なくて、間が持たなかった。描いていた原稿(『アストロツイン』の最終回)に出てくる、押し入れの奥が異次元につながるという設定は、とある穴が異世界につながっているという、ビートルズのアニメーション映画『イエロー・サブマリン』に似た発想だが、彼女と話していて出てきたものだ。萩尾さんはファンタジーが得意だったから、そんな話で盛り上がることができた。(p.15)
『地球(テラ)へ』を想起させた記述は、僅かに、この部分のみ。
SF関連では石ノ森章太郎に関することが若干言及されているだけで、『地球へ』の内容に関しても、ジェ~ンジェン、何一つ、これっぽっちも、ミジンコほども、書かれていない。カクッ・・・。
萩尾望都の知識量が膨大であっただろうことは、『百億の昼と千億の夜』を読むだけでも十分理解できる。
《参照》 『だから人は本を読む』 福原義春 (東洋経済新報社)
【ビジュアルと文字が組み合わさってこそ】
【少年の名はジルベール】
とある夜。10時ごろだったことは、よく覚えている。
私は部屋に飾られた『ダフニスとクロエ』のポスターを眺めながら、頭の中に現れる妄想を何とか絵にしようと必死になっていた。
「これ・・・これは何なのかな。・・・すごく自分とピッタリくる!」
「このキャラクター、今までに描いたこともない顔なのに、自分のキャラって気がする」
「少年の名はジルベール。絶対に、それ以外じゃない」(p.37-38)
その作品のタイトルを『風と木の詩』としたのは、それからずっとあとになってからのことだ。(p.40)
この『風と木の詩』という作品は、少年同士の愛を表現したもの。今日では、下記リンクにあるように、BL(boy’s love)という確立したジャンルになっているけれど、1970年代の当時は“ご法度扱い”だったという。
【腐女子が求める妄想】
【ブッ飛び戦法】
「編集者が壁になっているんだよ。壁の上をめがけて投げなきゃ、読者にボールは届かないよ。読者にボールが届かなければ、向こうからボールが返ってくることも絶対にないよ」 (p.93)
『風と木の詩』という作品内容に共感し、こう言ってくれたのは、ノンたんこと増山さん。
そこで、一計を案じ、ブッ飛び戦法に出た。
それは間違いなくルール違反。予告と違うものを、担当に断りもなく差し替えてしまう。編集の立場からすれば、あきれた所業と言うほかないだろう。
そして、それは、少年が少年に命を賭して愛を告白する物語――。(p.95)
「やるじゃん」と思いつつ、結果については「し~~~らない」と放擲しちゃえるのも読者の特権。
すごく怒っていた。だが、幸運なことにボツにはならなかった。編集部に都合の良い代わりの原稿がなかったのだ。私に書き直させたくても、時間もない。私の信用はずいぶん落ちたと思うが、作戦勝ちだった。(p.97)
この作品が雑誌に載ったあと、・・・(中略)・・・、案の定、読者は強い反応を示した。(p.98)
読者だけではない。当時の集英社少女マンガのポープ、山岸涼子さんも大泉サロンに来て、
「実は私も、昔からああいう同性愛、少年愛をテーマにしたものが気になっていて、ずうっと考えてきたのよ。まさか私以外にも、少女マンガ家でそういうことに興味を持っている人がいたなんて驚いちゃった。で、会ってみたいなぁって」と言うのだった。(p.99)
この時、ブッ飛び戦法で編集に出しちゃった作品のタイトルは『雪と星と天使と・・・』。後に『サンルームにて』に改題。これが『風と木の詩』の最初の習作になったものだという。
【貴種流離譚】
『風と木の詩』掲載の希望を編集者に伝えたところ、
「もちろん今のままでは無理です。面白そうですが、今のままの設定だとさすがに通りにくいと思います。でも次に描く作品が読者アンケートで、もし1位を取れば通りますよ。・・・(中略)・・・。そこで1位になっちゃったら、編集部なんて何も言えませんよ。もちろん編集長も」(p.183)
だったらということで、俄然やる気になった竹宮さんは、1位になるための方策を考え、増山さんに相談した。
食卓を囲みつつ彼女が「貴種流離譚が、いいよ」と低い声でぼそっと言う。
「えっ、何? キシュリュウリタンって?」
「ほら、光源氏が都から遠ざけられたり、業平が都を離れて東国に下る。要するに高い身分の子が島流しに遭っちゃって、あとで身分がわかるんだけど、それまでは散々な思いをしちゃって、いやしい身分の人に拾われて優しくされながら復讐の機会を待つっていうストーリーのこと」(p.187)
で、この貴種流離譚に則して『ファラオの墓』という連載作品を描くことにした。
現在は、様々な作品の解析が進み、ストーリーの骨子ですら同じようなものが少なくないだろう。しかし、国が違えば、文化的意識は同じではないので、全世界で受けたとしても日本では受けないケースが多々あることも良く知られている。
結果的には、読者アンケートで1位が取れたのではないけれど、「読者が望む作品」ということについて、以下のような気付きを得たことが書かれている。
【読者が望むこと】
連載当初、作品というものは自分の言いたいことを主張する手段だと思っていたが、そのうちに、読者は作者の自己主張なんか押し付けられたくはないんだと気づけたのが大きかった。自分の周りでは実際には起きないようなことを疑似体験するうちに主人公に同調し、いつのまにか読者自身が新しい自分自身を発見している・・・そんな物語こそ、読者にとって価値がある。『ファラオの墓』の終盤、このことに気づいてがぜん物語造りが面白くなった。(p.215)
押しつけばかりで余白のない作品は、読者なりのそれぞれの思い入れを挿入できないので、不快感を呼び起こすだけである。故に、そんなことをするくらいなら、作者の気づきや学びの過程を淡々と描くだけにしたほうがまだマシ。
同じ理由で、作り込みが過ぎる作品は、どれほど多様・多彩な技法が用いられていても、それ故にこそ破裂すれすれの不快感を惹起してしまう。映画だけれど、『嫌われ松子の一生』 は、まさにこの典型。
【優れた芸術作品】
【少年愛】
やはり私は、少年同士の魂と身体の触れ合いが好きなのだ。これを描き続けていきたい。
隠したくなろうがなるまいが、描きたいと思って描いてしまったものには自分の本質が出るものだ。本質である以上、それを公の場から隠すと苦しい思いもするし、悩みもする。私がずっとそうだった。(p.98)
こう語る竹宮さんに対して、
萩尾さんはもっぱら、「もっと精神的な方向を突き詰めたい」と言っていた。まだこのときは生まれていないけれど、『トーマの心臓』のユーリの悩みみたいなものを指していたのかもしれない。影響を受けたであろうヘルマン・ヘッセの作品観を貫いている感じがした。(p.124-125)
ヘッセの作品を読んだことがある人なら、萩尾望都と竹宮恵子の作品に共通する雰囲気としてヘルマン・ヘッセの名が言及されていることで、むしろ理解しやすいだろう。『車輪の下』に描かれていたような「寄宿制の学校」という場面を見るだけで、少年愛が芽生える土壌として理解しやすい。ただ、ヘッセの場合は『知と愛(ナルチスとゴルトムント)』という作品に発展していったように、「肉体的な愛」ではなく「知に傾斜した敬愛」という方向へ進化していったといえる。故に、萩尾望都の「もっと精神的な方向を突き詰めたい」という発言は、このような内容を含んでいたはず。
《参照》 『友情』 フレッド・ウルマン (集英社)
【少年の心理】
【魂の学び(少年愛を端緒として)】
変容する宇宙という場の影響をモロに受けて、アセンション(周波数上昇)しつつある現在の地球生命圏では、社会構造も人の意識も急速に変わってゆく。ゆえに、地球社会特有の従来の社会意識に則した仮面を無自覚のまま被り続けることをやめて、魂のスッピン状態に移行した方が、生きやすくなってゆく。鋭敏な感性を有する人々は、率先してそのような生き方を実践するようになるだろう。
「魂」という輪廻する主体にとって、地球生命圏は、二元性という基本構造内で様々なことを体験しつつ学ぶための場。二つの異なった性に何度も生まれ変わって転生しつつ、男(電気)と女(磁気)という組み合わせの必要性を体験的に理解するためには、男と男、女と女のような不毛な組合わせを体験することも、魂にとっては学びの過程。男女という組合わせだけが学びではない。それを公序良俗というのなら、そこからの逸脱もまた学びのうち。
畢竟するに「互いに異性を愛するもの」という思い込みは、二元性世界のみで可能な意識形態であり、二元性世界の先に意識が進化してゆけば、「性別を超えた愛」という意識に収斂してゆくのが必然である。
<了>
《マンガ家さん関連の著作》
