岡山県にあるノートルダム清心女子大学の学長をされていた方の著作。適職や天職に絡んでどう書かれているのだろうと思いつつ手に取ったのだけれど、ビジネス書や自己啓発書に見られるのとは違った、聖職者的な視点で書かれているのが本書のいい処なのだろう。2012年4月初版。
【 Bloom where God has planted you.】
私は30歳間際で修道院に入ることを決意し、その後、修道会の命令で修練のためアメリカへ行き、修練終了後、・・・(中略)・・・岡山のノートルダム清心女子大学に派遣され、その翌年、2代目学長の急逝を受けて思いがけない3代目の学長に任命されました。36歳でした。
・・・・・(中略)・・・・・。その大学の卒業生でもなく、前任者たちの半分の年齢にも満たない私が学長になったのですから、周囲もさることながら、私自身、驚きと困惑の渦中にいました。(p.10)
自信を喪失し、修道院を出ようかとまで思いつめた私に、一人の宣教師が一つの短い英文の詩を渡してくれました。その詩の冒頭の一行、それが「置かれたところで咲きなさい」という言葉だったのです。(p.11)
続けて、こう書かれていました。「咲くということは、仕方がないと諦めることではありません。それは自分が笑顔で生き、周囲の人々も幸せにすることによって、神が、あなたをここにお植えになったのは間違いではなかったと、証明することなのです」 (p.12)
叡智ある先人たちが語っている “人生観・労働観” は、洋の東西を問わず同じだろう。
《参照》 『悟りは3秒あればいい』 小林正観 大和書房
【第3の生き方】
【親の価値観】
3歳ぐらいの子どもを連れた母親が、水道工事をしている人たちのそばを通りながら語って聞かせています。「おじさんたちが、こうして働いてくださるおかげで、坊やはおいしいお水が飲めるのよ。ありがとうといって通りましょうね」
同じところを、これまた幼い子を連れた別の母親が通りかかります。子どもに向かっていいました。「坊やも勉強しないと、こういうお仕事をしないといけなくなるのよ」
価値観はこのようにして、親から子どもに伝えられることがあるのです。最初の母親は、人間はお互い同士、支え合って生きるていること、労働への感謝の念を子どもの心に植えつけたのに対し、二番目の母親は、職業に対する偏見と、人間を学歴などで差別する価値観を植えつけたのではないでしょうか。(p.47-48)
前者の母親に育てられた子どもと、後者の母親に育てられた子どもが、共に同じ石工職人になったとしたら、下記リンクにあるような、2通りの異なった労働観をもって生きてゆくことになるのだろう。
《参照》 『未来を拓く君たちへ』 田坂広志 (KUMON)
【人生の意味・仕事の意味】
【出会いを育てる】
「神さまがこの人と私を出会わせてくださった。だから、この出会いを育てていこう」 というような、「出会いを育てる」 という感覚が少なくなっているのではないでしょうか。与えられたチャンス、キリスト教では「摂理」という言葉を使いますが、「この方と私とは会うべくして会ったのだから、このご縁を大事にしよう」 という気持ちがなくなっているような気がするのです。(p.57)
そう、現代人は、「出会いを大切に思わない」傾向が確かにある。
多くの現代人が抱えている共通課題だろう。
【環境破壊とエコ】
不機嫌は立派な環境破壊だということを、忘れないでいましょう。私たちは時に、顔から、口から、態度から、ダイオキシンを出していないでしょうか。これは大気を汚染し、人の心をむしばむのです。笑顔で生きるということは、立派なエコなのです。(p.62)
地球進化を担う者としての自覚があるスターピープルなら、「笑顔=エコ」は周波数ベースで成り立つ絶対方程式なのは、自明というか言わずもがななこととして認識しているはずだけれど、チャンちゃんがこの記述に引っ掛かったのは、「最近、表情が止まってしまっている」と気づいたから。このままだと、ミッション・コンプリートに至れない。
【成長と成熟】
成長も成熟も、痛みを伴います。自分と戦い、自我に死ぬことを求めるからです。一粒の麦と同じく、地に落ちて死んだときにのみ、そこから新しい生命が生まれ、自らも、その生命の中に生き続けるのです。(p.101)
“小さな死” とは、自分のわがままを抑えて、他人の喜びとなる生き方をすること、面倒なことを面倒くさがらず笑顔で行うこと、仕返しや口答えを我慢することなど、自己中心的な自分との絶え間ない戦いにおいて、実現できるものなのです。「一粒の麦が地に落ちて死ねば多くの実を結ぶ」ように、私たちの “小さな死” は、いのちを生むのです。(p.154-155)
“一粒の麦”の喩えは、思想や命の繋がりとして語られるのが殆どだろうけれど、自分自身の成長と成熟という視点での記述は、チョットした目から鱗。
スピリチュアル系の思考に馴染んでいると、「自我に死ぬことを求める」というより、「自我をも相対化する」という観察意識の在り方を選択するようになってしまう。
どちらにもそれぞれの良さがあるから、必要に応じて使い分ければいい。
【「最上のわざ」】
上智大学の学長を務められたホイヴェルス神父は 「最上のわざ」 という詩の中で、老いについて、「人のために働くよりも、謙虚に人に世話になり・・・・・まことのふるさとに行くために、自分をこの世につなぐ鎖を少しずつ外してゆくこと」 と書いておられます。 (p.121)
「最上のわざ」の後半にある “まことのふるさとに行くために、自分をこの世につなぐ鎖を少しずつ外してゆくこと” は、老いた人だけの生き方ではなく、地球生命圏を今回で卒業すると決めている人々なら、おしなべて普通に実践している生き方のはず。
【「地球生活」を卒業して「宇宙生活(宇宙霊界)」へ】
【渡辺錠太郎・教育総監】
著者さんのお父様のこと。
外国駐在武官として度々外国で生活した父は、語学も堪能だったと思われます。第一次大戦後、ドイツ、オランダ等にも駐在して、身をもって経験したこと、それは、「勝っても負けても戦争は国を疲弊させるだけ、したがって、軍隊は強くてもいいが、戦争だけはしてはいけない」ということでした。
「おれが邪魔なんだよ」と、母に洩らしていたという父は、戦争にひた走ろうとする人々にとってブレーキであり、その人たちの手によって、いつかは葬られることも覚悟していたと思われます。その証拠に、2月26日の早朝、・・・・・(中略)・・・・・。(p.129)
お父様は、226事件で亡くなられてしまった。
その時の様子は、本書よりウィキペディアにより詳細に記述されている。
著者さんのお父様が志していたことは、現在、著者さんが学長をしていたノートルダム清心女子大学で長年教鞭をとっていた保江邦夫先生が引き継いでいるだろう。保江先生は鋭利な頭脳を持つ物理学者であり、日本屈指の陰陽師でもあり、長らく絶えていた「祝(はふり)の神事」を今上陛下に施された方。
《参照》 保江邦夫・著の読書記録
【あとの2%は・・・】
人間は決して完全にはわかり合えない。だから、どれほど相手を信頼していても、「100%信頼しちゃだめよ、98%にしなさい。あとの2%は相手が間違った時の許しのために取っておきなさい」といっています。
人間は不完全なものです。それなのに100%信頼するから、許せなくなる。100%信頼した出会いはかえって壊れやすいと思います。「あなたは私を信頼してくれているけれども、私は神様じゃないから間違う余地があることを忘れないでね」ということと、「私もあなたをほかの人よりずっと信頼するけど、あなたは神様じゃないと私は知っているから、間違ってもいいのよ」ということ・・・・。そういう「ゆとり」が、その2%にあるような気がします。 (p.137-138)
長年人間をやっていたら「いかなる事物であれ、完璧なんてありえない」ことくらい重々知っているはずだけれど、いざ人間関係となると、「許せない・・・」が口を突いて出てしまう人が少なくないはず。
「許す」は「愛」と同義。
「許せない・・・」と思ってしまう人は、”人の世の理を弁えぬ愚か者” であると同時に、”愛なき超~~愚か者” ちゃん。
ブー。
《参照》 『悟りは3秒あればいい』 小林正観 大和書房
【許す】
《参照》 『アセンションプロ集団「ラー一族」』 ラリア (ヒカルランド) 《3/4》
【カルマを解消しながらアセンションに向かう】
【マザー・テレサの笑顔と言葉】
1984年、来日していたマザーテレサは、過酷なスケジュールにもかかわらず常に微笑んでいたことについて、通訳として同行していた著者さんに、以下のように語ったという。
「シスター、私は神様とお約束がしてあるの。フラッシュがたかれる度に、笑顔で応じますから、魂を一つお救い下さい」 (p.146)
マザー・テレサの笑顔は、「エコ」を超えた「祈り」だった。
ホームレスなどの空腹な人々に対する炊き出しの作業に携わっているシスターたちに対しては、
その労をねぎらいつつも、次の問いかけを忘れません。
「あなたたちは、受け取る人の一人ひとりに微笑みかけたでしょうね。ちょっと手に触れて、ぬくもりを伝えましたか。短い言葉がけを忘れはしなかったでしょうね」 ・・・(中略)・・・。
「生きていてもいなくても同じ」と考えているホームレスの人たちに、「生きていていいのですよ」というメッセージを、ぬくもりとやさしさで伝えるほほえみであり、短い言葉がけです。
言葉には、そこに愛がこめられている時、起死回生の力があるのです。マザー・テレサはいっています。「私たちには偉大なことはできません。しかし、小さなことに、大きな愛を込めることはできるのです」 (p.148-149)
<了>
