波の上宮 より
【白川宮:与那覇勢頭豊見親逗留旧跡碑】
那覇泊港から200m程の所にある 「タカマサイ公園」 内にあります。
白川宮とあるのは、与那覇勢頭豊見親の一族名に由来するようです。
石碑 👇 には、ボード 👆 と同じことが書かれています。
読みやすく全文をテキストにしておきます。
この碑はもと「タカマサイ」とよばれた当地に立てられたものである。1390年 察度王の時に宮古の與那覇勢頭豊見親が帰順入貢し泊御殿に住まわれた。ところが言葉が通じないので、その従者に琉語を学ばせた。従者の一人に高真佐利屋という者がいて、毎夜、火立屋(のろし台)に登り、はるかに故郷をのぞみ「あやぐ」をとなえていた。これにより付近の村民、その旧宅の地を高真佐利屋原とよんだ。1767年、ここに與那覇勢頭豊見親の子孫が、長さ一丈二尺、幅六尺の地を請い求め、子孫拝礼の場所として碑を建立した。この碑は、昔、泊の地が諸島を管轄していた頃の記念碑である。なお現在の碑は、沖縄戦で破損していたものを1987年に復元したものである。 (文中にある「あやぐ」とは、沖縄県宮古諸島の歌謡の総称)
《参照》 『 【宇宙の創造主:マスター】との対話① 』 天無神人 (ヒカルランド) 《後編》
【やこう玉】
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