【雛鶴神社】
石舩神社から、35号線を西に3kmほどの所にあります。
35号線から、右折して下に掲載した橋を渡ると、そこから先は狭い砂利道ですが、
赤い鳥居の前まで車で行くことができます。
鳥居の手前に、「供の松」があります。雛鶴姫亡き後も、
ここを護っていた従者のために、地元の方々が植えた松だそうです。
現在は枯れてしまい、代わりに銀杏が植えられています。

【雛鶴姫って、誰?】
墓碑の側面には、以下のように彫られています。
「竹原八郎宗規公第一女 大塔之宮護良親王妃 雛鶴姫ト称シ尾治慈子ト申ス」
すなわち、雛鶴姫は、「竹原慈子」 であると・・・。
『太平記』 などの文献を元にしているのでしょうが、
それが真実かどうかは、誰にもわかりません。

【雛鶴姫】
鎌倉から落ち延びてきた雛鶴姫は、大晦日にここに着き、
産気づいた姫はここで出産したものの、
翌日の正月元旦に、ここで亡くなってしまったと書かれています。
【雛鶴姫の子】
ここの雛鶴神社では、ここで生まれた子は葛城宮綴連王子であり、
生きて育てられた数年後、母の命日に亡くなった、と書かれていますが、
次に行った雛鶴神社では、消息が違っています。
