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 タイトル通りの著作。2017年6月初版。

 

 

【龍からの要求】
 私は特殊な力のおかげでみなさんより多少人生で変わった体験をしている。・・・中略・・・。
 この度、偶然にも天地自然のエネルギー体「龍」という存在に遭遇したおかげで、今まで入り込まなくてよかった「龍」と交信することとなった。
 この交信はどなた様にもお勧めはできない。何故ならば、この龍という存在が大変恐ろしい存在であることが解ったからだ。
 私たち人間が交わした龍との約束があったことなど、我々が知る由もないことだが、「龍」はしっかりと覚えており、その約束を果たすように我々に要求してきている。
 故に、この本を書き、皆さんにこの約束をお伝えしたい。(p.12)
 著者のもとに現れたのは、
 最初に甲府(竜王)のエネルギー体、
 次に、武蔵野のエネルギー体、
 そして最後に、富士神界の龍神様が現れたと書かれている。

 

 

 

【龍と人間】
 日本は、青龍の国といわれ、龍という存在が色濃い場所なのだ。
 龍が生れ、育ち、一人前の龍になる前の天地自然のエネルギーが生息できる自然環境が揃っている。
 テレビアニメのまんが日本昔ばなしのように、龍の背に乗ってみたいという願望を持つことは、日本人なら誰にでもあるという国民性だと思う。・・・中略・・・。
 しかし、どうしても、その姿を見てみたいし、龍を使う (この言葉は「龍」が一番嫌う言葉だ) と考えている人すら最近は増えている。(p.24-25)
 日本列島は「龍体」の形をしているのだから、日本人は誰であれ「龍体」に乗っていると言えるけれど、異次元の龍を認知している人は、どれほどいるのだろうか。
 チャンちゃんは、『ネバーエンディングストーリー』 の主人公バスチャンのように、ファルコン(龍)に乗ってみたいと思たことはないし、「龍使い」という使役的な言葉にも違和感をもってしまう。龍を使役するという傲慢な意識の人ってロンパリが多くないだろうか。高次元界と繋がっている日本に住みながら、「不敬」というか「傲慢」な人は、そもそもからして、この国で生きるに相応しくないだろう。
 その人たちは龍を使うことが自らの命を懸けるほどの大変な対価を支払うということをご存じなのだろうか?
 また龍は「人を選ぶ」と昔から言われている。龍が「選ぶ」ということは選ばれるその人間も並大抵の人間ではないということなのだ。(p.25)
 龍に関わる神法を教えることが出来る人って、日本人であっても殆どいない。
 仮に、そんな人に縁があっても、学ぶ側としてのキチンとした心構えを保持する志がないのなら、教わっても無駄になるだけだろう。 

 

 

 

【竜王との対話】
 平成28年8月4日の朝4時44分に、その訪問者はやってきた。・・・中略・・・。
 「貴方はどなたですか?」・・・中略・・・

 
 竜王・・・。
 「龍ってあの聖獣の龍ですか?」
 違います。私は山梨県甲府の竜王町を故郷にもつ、天地自然のエネルギー体です。(p.42-44)
 この時、竜王に、「龍とは何ですか?」と質問したことに対して
 龍という言葉・形を作ったのは人間である。
 我ら天地自然の者にして、この地球で生息しているエネルギー体である。
 この地球を住処、拠り所としている。
 違う次元を垣間見た者が我らのことにふと気付く。我らが動く時と人間が動く時とは間が違う。
 人間と共に生きることはない。
 ましてや、人間の私利私欲で我々が動くことはない。(p.45)


 昔の人間たちは、我々に畏敬の念を抱き、自然と共にうまく付き合っていた。
 しかし今の人間たちは私利私欲にまみれ、生きるスピードを速めた。
 全てを破壊し、全てをゆがめ、あまつさえ神や我々をも私利私欲で縛ろうとしている。
 我々のことをまったく知らず、畏れもせず、敬いもせず、ただただひたすらに私利私欲の願いをたれながす。
 我々が人間の願いなど受け入れるはずがないのだ。
 そもそも人間と我々は時間を同じくしないのだから。(p.46-47)
 「人間と我々は時間を同じくしない」とあるけれど、時間という概念を持つのは、物質過程の生命形態を持つ者たちだけである。すなわち三次元空間にのみ時間は付随するもの。
 また、「天地自然の者にして、地球で生息しているエネルギー体」 と言っているけれど、龍というエネルギー体は次元をまたがる存在であるが故に、人間がもつ時間の概念は龍のそれに当てはまらない。
 物質過程の生命体(人間)は、必然的に個という偏狭な意識を纏うが故に、私利私欲という悪習に染まりやすい。そして人間のこの偏狭な意識は、非物質であるが故に次元を超えて、高次元界に住まう龍を縛る多大な枷になってしまっている。

 

 

 

【竜王と龍地と信玄堤】
「竜王である」と自ら名乗られた天地自然のエネルギー体を探して甲府を訪れた。
 竜王町は現在合併により名前が変わっている。
 いつも思うのだが、本来持っている名前をなぜ、変えなければならないのだろう。わたしにはよく分からない。(p.48)
 まったく。
 竜王町は、現在、市町村合併により甲斐市に編入されている。

 竜王町で一番有名なのは、武田信玄によって築かれた「信玄堤」だろう。
 暴れ川を逆手にとった信玄堤は、この地域のみならず、広く甲府地域の防災の役目をしている。
 まさにこの大自然の激流を龍とたとえたとも言え、この地の名を「竜王」と残したと言えそうだ。
 ここには、もう一つ龍が付く地名があった。
「龍地(りゅうじ)」だ。
 ここは、釜無川とは違い高台の小山で水が出ない場所だそうだ。
 しかし、戦いには要の場所ということで信玄公が「龍地」という名前を付けられたとされている。
 ・・・中略・・・。
 この地は富士山とも大変関係が深い所でもあり、「龍」とは自然の猛威が振るわれる、人々の畏敬の念が強い場所につけられる言葉なのではないだろうか。(p.49-50)
 龍の印が押された古文献の写真が掲載されていて、その下部に、
 武田信玄公は龍神の許可を得て(龍の印)竜王村の治水灌漑を行っていた (p.51)
 と記述されている。
 この印影は龍地にあるドラゴンパークの展望台の1階で見ることができる。(p.52)
 へぇ~。
 チャンちゃんはドラゴンパークからそれほど遠くない所に住んでいるけれど、この印影のことは全然知らなかった。だもんで、現地に行きその写真を撮ってきて、上に掲載しておいた。
 ところで、武田信玄ちゃんは、諏訪大明神の旗を掲げていたことでも知られているけれど、信玄ちゃんは諏訪大社の龍神の名前を知っていた歴史上僅か2人のうちの一人だったと、日本を守っているスーパー・シャーマンさんから聞いたことがある。信玄ちゃんは戦国の世の覇者となったのではないのに、戦国大名の中では結構知名度が高いのは、“龍神から選ばれる” ほどの傑出した人物だったからこそなのだろう。