
タイトルに関することよりも、精霊(妖精)に関することがたくさん書かれている。これって、かなり重要。タイトルに関することは、著者自身の体験内容が語られているけれど、実話だからこそ読者にとって学びが多いんだろう。2007年10月初版。
【人間界、精霊界、天使界】
人間 ⇒ 動植物 ⇒ 精霊 ⇒ 死者 ⇒ アセンデッド・マスター ⇒ 天使
の順であると言っている。
この本には“精霊界”のことが多く書かれているけれど、それは、“精霊界”は目に見えない“界”の中では“人間界”に一番近いから、“精霊界”を知ることで人間は地球を改善できるし、いろんな学びを得ることもできるから、ということなのだろう。
なお本書内では、“精霊”と“元素霊”が同じ意味で記述されている箇所がいくつもある。
人間が生きているのは最もエネルギー密度が高いレベルで、それに植物や動物が属するレベルが続きます。人間と比べ、植物や動物の方が精神世界の波長に呼応しやすいと言えます。自然の精霊が属しているのは、動植物が属しているすぐ上に位置するレベルです。“精神世界と物質世界のはざま”と表現するのが正しいでしょう。
あなたには、すでに亡くなってしまった、愛する人々がいるでしょう。こうした人々が住んでいるのは、精霊たちの場所のすぐ上にあるレベルです。その上に位置するのは、アセンデッド・マスターたちの世界です。精神世界の一番上にあるのは天使たちが属するレベルで、エネルギー密度は一番低くなります。(p.7)
エネルギー密度(高い⇒低い:粗雑⇒繊細)順でいうと、あなたには、すでに亡くなってしまった、愛する人々がいるでしょう。こうした人々が住んでいるのは、精霊たちの場所のすぐ上にあるレベルです。その上に位置するのは、アセンデッド・マスターたちの世界です。精神世界の一番上にあるのは天使たちが属するレベルで、エネルギー密度は一番低くなります。(p.7)
人間 ⇒ 動植物 ⇒ 精霊 ⇒ 死者 ⇒ アセンデッド・マスター ⇒ 天使
の順であると言っている。
この本には“精霊界”のことが多く書かれているけれど、それは、“精霊界”は目に見えない“界”の中では“人間界”に一番近いから、“精霊界”を知ることで人間は地球を改善できるし、いろんな学びを得ることもできるから、ということなのだろう。
なお本書内では、“精霊”と“元素霊”が同じ意味で記述されている箇所がいくつもある。
【精霊たち】
《参照》 『エンジェル・フェアリー』ドリーン・バーチュー(ダイヤモンド社)
私は、天使界の師たちに精霊界について色々教えてもらいました。前にも述べたとおり、自然の精霊はおとぎ話の世界だけに存在するもののように思えますが、実際はそうではありません。人間と全く同じ実感を伴った、力強く、愛すべき存在なのです。精霊は神のガーディアン・エンジェル(守護天使)であり、動植物と地球環境を安全に、そして健やかに保ちます。
こうした役割には人間を助け、導くことも含まれます。精霊は、人生に魔法と遊び心、そしてロマンスを呼び込んでくれる存在でもあるのです。(p.8)
精霊と地球と人間の関係については、下記リンクで。こうした役割には人間を助け、導くことも含まれます。精霊は、人生に魔法と遊び心、そしてロマンスを呼び込んでくれる存在でもあるのです。(p.8)
《参照》 『エンジェル・フェアリー』ドリーン・バーチュー(ダイヤモンド社)
【人間の肉体:物質性と精神性】
「軽さ=精神性」、を基準にすると 人間<精霊<天使
同じ人間でも、西洋人は過度に物質主義に傾倒した文明を作ってきた。いわゆる唯物論を驀進させてきたのが西洋文明。一方、その対極にあったのが日本文明だった。日本と言う国土に生まれ育った人々は、自ずから物質性よりも精神性に重きを置いた唯心論を身につけている。それは、東経135度にある日本という国土が、そもそも「体主霊従」より「霊主体従」の人々を育むエネルギーを産土力として持っているから。
《参照》 『東京直下地震 3年以内震度9』Chiran(三栄書房)《後編》
【やまと心】
天使に言わせれば、人間はあえて困難な生き方を選んでいるようです。思いや祈り、そして示現の力を使う代わりに、耐え難い仕事を黙ってこなすことなど、天使にとっては考えられないのです。私たち人間に密度が高い肉体が与えられている理由は、あえて困難な方法でものごとをこなそうとするからです。人間の肉体は、物質主義で硬化してしまった考えでできている、と言えるかもしれません。
それとは対照的に、精霊の王国ではごく普通に示現の力が使われます。望んだことは常に現実となるのです。望めばすぐに実現するとわかっていれば、何に関しても深く考えることはなくなります。心が軽くなるからこそ、肉体も軽くなれるのです。それでも天使と比べれば、精霊の考え方のほうがはるかに密度が高いと言えるでしょう。天使の意識はスピリチュアリティー=精神性だけを基盤としています。(p.21)
「重さ=物質性」、を基準にすると 人間>精霊>天使それとは対照的に、精霊の王国ではごく普通に示現の力が使われます。望んだことは常に現実となるのです。望めばすぐに実現するとわかっていれば、何に関しても深く考えることはなくなります。心が軽くなるからこそ、肉体も軽くなれるのです。それでも天使と比べれば、精霊の考え方のほうがはるかに密度が高いと言えるでしょう。天使の意識はスピリチュアリティー=精神性だけを基盤としています。(p.21)
「軽さ=精神性」、を基準にすると 人間<精霊<天使
同じ人間でも、西洋人は過度に物質主義に傾倒した文明を作ってきた。いわゆる唯物論を驀進させてきたのが西洋文明。一方、その対極にあったのが日本文明だった。日本と言う国土に生まれ育った人々は、自ずから物質性よりも精神性に重きを置いた唯心論を身につけている。それは、東経135度にある日本という国土が、そもそも「体主霊従」より「霊主体従」の人々を育むエネルギーを産土力として持っているから。
《参照》 『東京直下地震 3年以内震度9』Chiran(三栄書房)《後編》
【やまと心】
【天使と精霊】
体がとても小さい精霊の外見は、天使とは明らかに違います。天使の背丈は、30cmから3mあります。天使の羽は鳥とそっくりですが、精霊のそれはトンボや蝶を思わせるものでした。
面白いことに、天使が羽を使って飛ぶことはありません。羽は、天使であることを示すトレードマークなのです。ルネサンス初期の画家たちは、天使が放つ後光を羽と勘違いしたのでしょう。以来、天使は必ず羽を生やした姿で描かれるようになりました。天使は羽ではなく、意思の力によって移動します。行きたい場所を思い浮かべるだけで、一瞬の内に着くことができるのです。
ところが天使と違い、精霊は羽ばたきによって移動します。かなり小さいものの、精霊の肉体は天使と比べて密度が高いのです。・・・中略・・・。精霊も意志の力でさまざまなことを実現できますが、物理的に移動するときには、羽を必要とするのです。(p.35)
こう書かれているけれど、すべての精霊に羽があるのではない。面白いことに、天使が羽を使って飛ぶことはありません。羽は、天使であることを示すトレードマークなのです。ルネサンス初期の画家たちは、天使が放つ後光を羽と勘違いしたのでしょう。以来、天使は必ず羽を生やした姿で描かれるようになりました。天使は羽ではなく、意思の力によって移動します。行きたい場所を思い浮かべるだけで、一瞬の内に着くことができるのです。
ところが天使と違い、精霊は羽ばたきによって移動します。かなり小さいものの、精霊の肉体は天使と比べて密度が高いのです。・・・中略・・・。精霊も意志の力でさまざまなことを実現できますが、物理的に移動するときには、羽を必要とするのです。(p.35)
【スプライト:水鳥を守護する精霊】
《参照》 『妖精世界』G・ホドソン(コスモ・テン・バブリケーションズ)
“スプライト”と呼ばれる水の精霊の背には、羽がありません。海や湖、そして河川の守護者である水の精霊たちの背丈は3インチ(約7.5センチ)ほどあり、体の横幅は1.5インチ(約4センチ)くらいです。オパールのような乳白色をした光でできた体は、はっきりとした形がないか、あったとしても裸です。精霊が陸上で生活する動物を守護しているように、スプライトは水鳥を守護しています。(p.35)
下記リンクには、いろんな妖精(=精霊)の様子が詳しく書かれています。《参照》 『妖精世界』G・ホドソン(コスモ・テン・バブリケーションズ)
【花崗岩と水晶】
《参照》 『超シャンバラ』ダイアン・ロビンス(徳間書店)《後編》
【水晶のエネルギー】
と書きつつ、「ピラミッドの王の間」が花崗岩でできているという著作を思い出した。
《参照》 『予定調和から連鎖調和へ』保江邦夫(風雲社)《前編》
【花崗岩でできた王の間】
「岩や結晶は、ものを吸収し、そして増幅させる力を持っています」と天使は言葉を続けました。花崗岩は“ユニバーサル・マインド”という言葉でも表すことができる“集合的無意識”から得られた英知をすべて内包しているそうです。精神世界の英知やメッセージが集められた図書館ということもできるでしょう。岩や水晶は、近くに置いておくだけで精神世界的な見識を広め、深めてくれるそうです。また、人間の祈りの声を増幅させて天界へと送り届けるための道具ともなってくれます。
神や天使、精霊を始めとする精神世界の住人の声を耳にしたいときには、岩を媒体とすれば良いのです。そうすれば、発する声も届く声もはっきりとしたものにすることができます。花崗岩や水晶には、物質世界と精神世界を繋ぐ働きがあるのです。(p.31-32)
水晶のパワーに関しては多くの著作で言及されているけれど、花崗岩に関して同様なパワーがあることを記述している著作は、読んだ記憶がない。神や天使、精霊を始めとする精神世界の住人の声を耳にしたいときには、岩を媒体とすれば良いのです。そうすれば、発する声も届く声もはっきりとしたものにすることができます。花崗岩や水晶には、物質世界と精神世界を繋ぐ働きがあるのです。(p.31-32)
《参照》 『超シャンバラ』ダイアン・ロビンス(徳間書店)《後編》
【水晶のエネルギー】
と書きつつ、「ピラミッドの王の間」が花崗岩でできているという著作を思い出した。
《参照》 『予定調和から連鎖調和へ』保江邦夫(風雲社)《前編》
【花崗岩でできた王の間】
【食生活の改善】
《参照》 『レムリアの叡智』オレリア・ルイーズ・ジョーンズ(太陽出版)《前編》
【食べ物に注意】
今は、あらゆる食品に人口削減物質が混入されているといっても過言ではない状況です。いっそのこと「不食」という選択肢もあるのだという意味で下記リンクを辿ってみて下さい。
《参照》 『スターピープル vol.47』(ナチュラルスピリット)《後編》
「動物の肉を食べるたびに、あなたは自分の体に痛みのエネルギーを取りこんでいます」と天使は説明してくれました。「食物となる動物が感じた苦痛は化学物質となり、そのままの形で組織に残ります。その肉を食べるのは、痛みそのものを食べるのと変わりません。痛みはあなたが本来宿している周波数を低め、精神世界から送られるメッセージに対する感覚を鈍くします。見えないものを見て、聞こえないものを聞きたいと心の底から願うなら、肉を食べることをやめなさい。乳製品もオーラの働きを鈍くします。食べないように心がければ、天界とのコミュニケーションもより明確なものとなるでしょう」 (p.55)
精霊たちは動物の守護者でもあることを考え合わせて、この記述を理解してください。《参照》 『レムリアの叡智』オレリア・ルイーズ・ジョーンズ(太陽出版)《前編》
【食べ物に注意】
今は、あらゆる食品に人口削減物質が混入されているといっても過言ではない状況です。いっそのこと「不食」という選択肢もあるのだという意味で下記リンクを辿ってみて下さい。
《参照》 『スターピープル vol.47』(ナチュラルスピリット)《後編》
【時間の概念が変容する】
《参照》 『地球人革命』松久正(ナチュラルスピリット)《後編》
【「空間と時間の制約」を受けるかどうかは周波数次第】
《参照》 『地球の『超』歩き方』坂本政道×ゲリー・ボーネル(ヒカルランド)
【バイロケーション】
地球自体のアセンション(周波数の上昇)によって、そこに住む人間の概念も必然的に変容しつつあるけれど、変容した先は、少なからぬ著作や映画によって先行的に示されています。映画なら、『コンタクト』や『インターステラー』がそうでしょう。スピリチュアル系の著作に馴染んでいる人々なら、これらの映画に示されているような状況が無理なく理解できるはずです。
地球上で刷り込まれた「直線的な時間の概念」を抜け出るには、それを「多次元宇宙の概念」に置き換えればいいでしょう。強いて頭で理解する必要はありません。違う概念に置き換えて受け入れればいいだけです。
《参照》 『カルマからの卒業』はせくらみゆき(ヒカルランド)《前編》
【過去世の実態】
「量子力学の分野でも、時間に対する研究がさかんに行われています」と言う声が響きました。私は、ひと言も聞き逃すまいと意識を集中させました。私が抱いている時間というものに対する疑問の答えがもたらされるのです。「これから先の20年で、時間に対する人間の概念を根本から変えるような発見があるでしょう。この発見はもちろん科学的な方法によって行われます。時間に縛られることが人間にとって不利益であるという証拠が提示されるのです。時計やカレンダーを常に意識する生活によって、人間はふたつ以上の場所に居る能力を否定しています。バイロケーションという能力です。人間は、同時にふたつ以上の場所にいることができるのです」
すごい! と私は思いました。でも、これでやっと理解できた。時間と空間の制約を作り出しているのは、私たち人間がかたくなに信じている概念なのだ・・・。 (p.73)
バイロケーションの能力が時間の概念によって制約されるのは、時間と空間が不可分の関係にあるから。すごい! と私は思いました。でも、これでやっと理解できた。時間と空間の制約を作り出しているのは、私たち人間がかたくなに信じている概念なのだ・・・。 (p.73)
《参照》 『地球人革命』松久正(ナチュラルスピリット)《後編》
【「空間と時間の制約」を受けるかどうかは周波数次第】
《参照》 『地球の『超』歩き方』坂本政道×ゲリー・ボーネル(ヒカルランド)
【バイロケーション】
地球自体のアセンション(周波数の上昇)によって、そこに住む人間の概念も必然的に変容しつつあるけれど、変容した先は、少なからぬ著作や映画によって先行的に示されています。映画なら、『コンタクト』や『インターステラー』がそうでしょう。スピリチュアル系の著作に馴染んでいる人々なら、これらの映画に示されているような状況が無理なく理解できるはずです。
地球上で刷り込まれた「直線的な時間の概念」を抜け出るには、それを「多次元宇宙の概念」に置き換えればいいでしょう。強いて頭で理解する必要はありません。違う概念に置き換えて受け入れればいいだけです。
《参照》 『カルマからの卒業』はせくらみゆき(ヒカルランド)《前編》
【過去世の実態】
天使や精霊が言うには、そう遠くない未来、人間は腕時計を使わなくなり、本来具わっている体内時計で行動するようになります。(p.73)
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