イメージ 1

 岡野さんの本は、インパクトのある実体験が元になっているから、以前読んだ本の内容もよく覚えている。この本に関しても、既刊本の内容に重複するものが多いけれど、繰り返し読んでも飽きないのが、岡野本のいいところかもしれない。どんな職業の人が読んでも、自分の経験に照らして学べるところがあるだろう。これから起業したい人にとっても事前学習の宝庫である。2008年9月初版。

 

 

【真面目なやつよりも・・・】
 俺に言わせれば、本当に真面目なやつよりも、ある程度不真面目にしているやつのほうが成功するんだな。俺だってそうさ。学校の勉強なんて大嫌いだったからな。親に「頼むから早く籍を抜いてくれ」、「何をやってもいいから、人殺しとかっぱらいだけはするな」なんて言われたくらいだよ。ひでぇ言い草だよな(笑)。(p.18)
 岡野さんは学校には行かなかったけれど、家の近くにあった玉の井という遊郭街で、人間に関するあらゆることを学んでいた。それと落語。それらが人間力となって大いに役立っていると言っている。
   《参照》   『人生は勉強より「世渡り力」だ!』 岡野雅行 (青春出版社)
             【落語は “知恵袋” 】
 人にかわいがられるかどうかは、仕事で成功するかどうかを決める重要な要素でもあるんだ。なにも美人や美男子だからかわいがられるってわけでもない。かわいがられる人には、何か特別な理由があるんだろうな。それは、その人の一番根っこの部分にある人間性、これにつきるんだと思うよ。(p.20)
 決まりに則して人を管理することしか能のない公務員的気質の人は、「真面目な子はかわいい。不真面目な奴は人間性に劣る」とかって言うんだろう。そんなのに従ってばかりいると、脳が固定化してしまって、決まりやルールを守る以外に能の無い愚鈍な人間にしかなれない。
   《参照》   『ヘンな感じの日本人』 カイ・サワベ (講談社) 《後編》
             【自分で判断する能力】

 

 

【人の育て方】
 俺は自分に対しても社員に対しても、減点法じゃなくって加点法でやってきた。失敗したことを叱って点数を引いていくんじゃなくって、失敗したら成功に一歩近づいたと思って、点数を足してやるんだ。やっぱり人を伸ばすには、褒めるに限るだろう? 褒められて悪い気がする奴なんていないからね。(p.22)
 岡野さんの仕事であるプラント製作は、何十回もの失敗を重ねる過程で、繰り返しアイデアをひねりつつ、改善に改善を重ねてようやく完成品を紡ぎだすといった作業過程を経ている。この様な仕事を当たり前にしているんだから、「失敗したら成功に一歩近づいたと思って、点数を足してやるんだ」という発想はごく自然に出てくるだろう。
 人間なんて一生かけたって完成に至らない場合が殆ど。繰り返し減点されたら歪むしいじけるのが普通だろう。
    《参照》   『本物の実力のつけ方』 榊原英資・和田秀樹 東京書籍
              【 「失敗」 大歓迎 】

 

 

【人真似はイヤ】
 この本は、若者の質問に岡野さんが回答するという形式になっている。
Q 私はいつも私でありたいと思っています。そう思って、入ったばかりのデザイン会社で、先輩に教えられた通りにやらずに、自分なりの方法で仕事をしてみました。そうしたらもの凄く怒られて・・・・。
 人の真似をするのはいやなんです。岡野さんもそうですよね。(p.56)
 これに対する岡野さんの回答。
 職人なんてものは昔から、真似して技術を覚えていくって相場が決まっているんだ。 ・・・(中略)・・・。
 俺の場合には、そこにもう一段あったな。それは「親父はああしているから俺はちょっと変えてみよう」と自分なりのひねりを加えたんだ。 ・・・(中略)・・・ あんたも自分ブランドで勝負したいのなら、最初は人の真似をして基礎をおさえて、そこに自分にしかできないことを加えてみたらいいんじゃないのかな? (p.56-57)
 新人でいきなり先輩の教えに従わなかったら、そりゃあ先輩たちはドン引きするだろう。
 先人たちがやっている方法には、それなりに形成されてきた合理性や必要性があるはずである。岡野さんはそれを「基礎をおさえる」と表現しているけれど、ここを無視して独創するのって暴走に近くないだろうか。
 質問者はデザイン業界の方だから、以下のようなリンクも代替回答になるだろう。
   《参照》   『「かまやつ女」の時代』 三浦展 (牧野出版)
            【かまやつファッションの起源】 【らしさ】
            【かまやつ女におとなが苛立つ理由】

 

 

【報恩の循環】
 俺も若い頃は、色々な人によくしてもらってきた。そのお返しをしたいがために、今努力しているといってもいい。残念ながらもう死んじゃったり、直接恩返しは出来ない恩人もいる。だけどいいかい、世の中順番で、別の人に還してあげればいいと俺は思うんだよ。(p.34)
 若世代に向かって報恩を循環させればいいに決まってる。
    《参照》   『ヒッチハイク女子 日本列島を行く!』 池田知晶 (徳間書店) 《後編》
              【ペイ・フォワード】
 生死の時空を超えて「すべてはひとつ」である。人生も肉体も社会も同じことだろう。循環しているあいだは健全だけど、止まってしまえばその部分は壊死してしまう。
 現在の日本社会は、格差が進行して低所得層に向かう貨幣という血液の循環量が激減している。社会全体とすれば間違いなく壊死に向かっているのである。

 

 

【自分に非がないと思ったら】
 もし自分に非がないと思ったら、自分のプライドをかけてはっきりと、意志表示しなけりゃダメだ。人との関係はなるべく対等でなきゃいけない。自分を卑下しても、不満や問題は大きくなるばかりなんだからさ。(p.114)
 これは大企業からの岡野さんに対する不当な言いがかりに対して、毅然と意思表示した事例の後に書かれているもの。
 集団から出鱈目な言いかがりを付けられたら、今はインターネットがあるから、個人は正々堂々と集団の卑劣さをブログに掲載することで意思表示して戦えばいい。出鱈目なことを書いたら訴えられるけれど、真実なら正々堂々と書けばいい。
 現在の行政は腐敗しきっているから、若者たちが本気になってインターネットを駆使すれば、腐り切った行政オヤジどもなんか容易に監獄へ送りつけることができるんだけどね。

 

 

【俺は、読めない字がたくさんあるんだ】
 ちょっと脱線するが、俺は中学校中退でまともに勉強してこなかったから、読めない字がたくさんあるんだ。そんなとき、女房に聞くんだ。そうすると、ちゃんと教えてくれる。女房は優等生のお嬢さんなんだけど、「そんなのもわからないの?」なんて言ったことは一度もないんだよ。
 女房いわく、「お父さんは習ってないから知らなくても当たり前よ。習っていて読めないのとはちがうんだから」。こんなとき、すごい女房だよなと感心するよ。孫悟空が、お釈迦様の手のひらにいるような気分だな。(p.186-187)
 岡野さんは、四六時中ものづくりのことを考えていたからこそ世界一の職人さんになれた。だから、読めない漢字があったって、むしろ技術力世界一の逆証明だろう。
 ところで、高校を卒業していたって、読めない漢字はたくさんあるはずである。チャンちゃんは大学時代、国語辞典を多用していた。それが普通だろう。「辞書など引かないけれど、読めない漢字はない」と思っている人がいるなら、日常生活では全く使われることのない抽象的な概念用語の世界があることすら知らないというだけである。そう言う人は多分、岡野さんが持っている技術世界の奥深さに対して殆ど洞察できないだろう。
   《参照》   『本を読まないとバカになる。なぜか。』 池ノ上直隆 (日新報道)
             【抽象的・概念的思考】