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 カカオの原産地であるメソアメリカ(中央アメリカ一帯)の文化的資料をもとに書かれている。

 

 

【精力剤としてのカカオ飲料】
 ベルナル・ディアスは、もっぱら飲み物としてのカカオに触れている。この飲物は女と交わるために飲むのだと聞いた、と書いており、精力剤として飲まれていたことを記している。(p.10)
 コルテスの遠征隊に従軍したベルナル・ディアスの『メキシコ征服記』に書かれていること。
 その頃は、現在のように固形のチョコレートなどなく、カカオをすり潰して飲料とするだけだった。
   《参照》   『アモーレの国 イタリア』  タカコ・H・メロジー  学研

             【媚薬】

 ついでに書いておけば、本来のバレンタイン・デーにチョコレートとの関係はない。
   《参照》   『家族的経営の教え』  原邦生  アートデイズ

             【バレンタイン・デー】

 

 

【豚の飲み物】
 カカオは水に溶かして、ときにはトウガラシを加えて飲むので、まずくて飲めない。人間の飲み物ではなく、豚の飲み物だとさえ述べているのである。これは当時のヨーロッパン人の一般的な感想といってよい。(p.15)
 あのスッパ辛いタバスコの名称の由来となったタバスコという地名がメキシコにはあるけれど、タバスコ入りのチョコラッテないしココアを想像すればいいかもしれない。豚さんだってビビルだろう。
 メキシコのカカオの一大産地であるタバスコでは、1579年の報告によると、トウモロコシと鶏のほかに、カカオを税としてスペインに捧げていた。(p.104)
 古代の人々は、トウガラシだけでなくアテチョという食紅の一種を入れて、赤い飲料にしていたらしい。カカオの実は「心臓」であり、その実から作られる飲料は「血」であるという見立てだろう。

 

 

【神の食物】
 カカオは学名をテオブロマという。テオブロマとは、ギリシャ語の神(theos)と食物(broma)という語からつけられたものである。1737年、かの有名なスウェーデンの植物学者リンネがつけた名である。16世紀からのさまざまな中米の記録をみると、カカオはまさに神の食物といってよく、ふさわしい名がつけられたものである。(p.20)
 カカオは貨幣としても使われていた時代があったほどだから、昔から最も重要な産品だった。

 

 

【南京豆はカカオの一種!】
 カカオにはいくつもの種類があり、その中で、実が最も小さな種類をトラルカカワトルという。
 トラルカカワトルとは土のカカオという意味で、実は南京豆である。南京豆がカカオと同じ種類とは驚くが、カカオと同じように飲み物として扱うと、結構いけるそうである。(p.22)
 だったら、南京豆でココアもチョコレートも作れるはず。

 

 

【カカオの母】
 カカオの栽培では、土を常に湿潤な状態に保つ必要があるので、日陰をつくる木が一緒に植えられる。
 中米でもっともよく利用される陰を作る木は、豆科の木で、よく「カカオの母」と呼ばれる。 ・・・(中略)・・・ デイゴという豆科の木もよく利用される。これはトリニダードでは不死の木と呼ばれ、ニカラグアでは、これが「カカオの母」である。(p.30)
 デイゴって、『島唄』 の歌詞 にある。沖縄の県花でもある。だったら「沖縄」で「カカオ栽培」ができるのか? と思って検索してみたら、やはり栽培されていた。

 

 

【重さの単位なし】
 おもしろいことに、メソアメリカでは、いみじくもコルテスが指摘しているように、重さの単位がなかった。「あらゆるものが数と寸法によって売られている、目方によって売られるものは、これまで見たことがありません」(p.77)

 

 

【チョコレートの語源】
 チョコレートはスペイン語のチョコラテの英語読みである。(p.158)
 チョコラテという言葉に一番近いかたちをもつユカテコ・マヤ語が、次のチャカウ・ハという言葉である。
  Chacau haa : chocolate
 チャカウとは「熱い」という意味で、ハは「水」である。直訳すると熱い水となるが、「チョコレート」を意味する。(p.164)
 この後にも、いろんな推論が書かれているけれど、「チョコラテの語源がすっきり解決したとはいえない」(p.164) と書かれている。

 

 

【ビター・チョコレート】
 『美味礼讃』を書いたプリア=サラヴァン(1755~1826)によると、イタリア製のチョコレートは、一般にカカオが焦げていすぎるから、フランス人には向かないと記している。「それでチョコレートが苦くなり、滋養も少なくなる。これはカカオの実の一部が炭化するせいである」(p.183)
 苦味の効いた大人の味って、単なる焦げ?!
 まあ、人間も、体罰などで焼きを入れられ過ぎて焦げちゃうと、人生が苦くなるんだろう。

 

 

【カカオでココア】
 ココアがまず発明された。それは1828年のことであるが、ココアを飲む人なら誰でも知っているオランダのヴァン・ホーテンがカカオバター(ココアバター)の抽出に成功して、ココアが生まれたのである。カカオ豆の50%以上が脂肪であり、そのためお湯に溶けにくかったのであるが、豆を搾って脂肪を半分ほど除いてココアを作った。(p.190)
 カカオから脂肪をとったらココアになる。そこでとったカカオバターは、カカオ豆と砂糖をすり潰したものに再利用されて固形チョコレートになる。無駄のないエコサイクルである。
 ココアという言葉の由来はよくわからないが、『オックスフォード辞典』では、ココア cocoa は カカオ cacao のなまりとされている。(p.191)

 

 

【「しょくらとを」と「猪口令糖」】
 我が国にチョコレートが伝わったのはいつであろうか。 ・・・(中略)・・・ これまでみた中で一番古い記述が、廣川獬『長崎見聞録』(1797)である。そこにはチョコレートの塊が、「しょくらとを」と記されており、絵も添えられている。 ・・・(中略)・・・ お湯の中にチョコレートの塊を削って入れ、卵と砂糖を加え、茶筅でカニが泡を出すように泡立てて服用すべしとあり、薬として用いられていたことが記されている。(p.195) 
 まるで茶道版チョコラッテ製法である。
 我が国で最初にチョコレートを商品として加工し販売したのは1877年、東京両国の米津風月堂である。同じ年の明治10年11月1日の東京報知新聞には「新製猪口令糖」としてチョコレートの広告が載せられた。(p.202)
 猪口令糖・・・不味そ~~~~。

 

 

【カカオの消費量】
 1人当たりの消費量は、スイスがもっとも多く、年間10.75kgであり、これを50gの板チョコに換算すると、215枚となる。我が国の消費量は、スイスの5分の1くらいの年間2.18kgであり、これに含まれるココアなどに消費する量を除いたチョコレート製品のみの量は、1.88kgとなる。
 スイスやオーストリアといった国の人々は、ザッハ・トルテのような途轍もなく大きなチョコレートケーキをパクパク食べているから、こんなに消費量が多いんだろう。

 

 

<了>