
理論社は、児童図書を多く扱っている出版社らしい。この本の漢字にはすべて “ふり仮名” がついている。
日本社会学会奨励賞・毎日出版文化賞・大佛次郎論壇賞の3つを受賞した 『〈民主〉と〈愛国〉』(新曜社) という御自身の著作をもとに、明治維新以後、世界に関わってきた日本に関する内容を小中学生や高校生にも読んでもらうべく作成された本らしい。
戦後日本の補償問題などについて、具体的に分かりやすく書かれている。左右偏りのない視点で客観的に記述されている一連の記述を読むことで、私自身、やや右寄りの視点で解釈していたことの欠点に気付けたりもする。
日本社会学会奨励賞・毎日出版文化賞・大佛次郎論壇賞の3つを受賞した 『〈民主〉と〈愛国〉』(新曜社) という御自身の著作をもとに、明治維新以後、世界に関わってきた日本に関する内容を小中学生や高校生にも読んでもらうべく作成された本らしい。
戦後日本の補償問題などについて、具体的に分かりやすく書かれている。左右偏りのない視点で客観的に記述されている一連の記述を読むことで、私自身、やや右寄りの視点で解釈していたことの欠点に気付けたりもする。
【福沢諭吉の 『学問のすすめ』 】
「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」 の文言と、慶応義塾大学の創設者として有名な福沢諭吉さん。
とはいえ、福沢諭吉は、以下のようにも言っている。
「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」 の文言と、慶応義塾大学の創設者として有名な福沢諭吉さん。
一般人民を無教育にして、国の政治のことなんか何もわからないようにしておけば、国を少数の支配者が思うがままに治めることができる。武士だけが政治をやって、農民や町民は、政治のことは武士にまかせきり。江戸時代の社会は、そういう体制だった。
だけど、これは平和なときは国内が安定してよいかもしれないが、いざ戦争となったら、農民や町民はみんな逃げだしてしまうだろう。だから、支配階級だけでなく、一般人民も教育しなければならない。福沢は、こう主張したわけだ。(p.27-28)
明治時代の教育改革は、理想的な教育を目指していたというよりは、政治的な配慮から進められたものだったわけである。これを知ったからと言って 「なあ~~んだ」 とは言えない。福沢諭吉らは、西欧列強のアジア進出を目の当たりにしていたのだから。この時代の日本は、国家の存亡にかかわっていたのである。だけど、これは平和なときは国内が安定してよいかもしれないが、いざ戦争となったら、農民や町民はみんな逃げだしてしまうだろう。だから、支配階級だけでなく、一般人民も教育しなければならない。福沢は、こう主張したわけだ。(p.27-28)
とはいえ、福沢諭吉は、以下のようにも言っている。
【福沢諭吉の 「貧富智愚の説」】
「遺伝之能力」 という評論では、アイヌは遺伝的に能力が劣るから、どんなに教育しても慶応義塾の教員にはなれない、とも書いている。
これらの記述を読む限りにおいて、福沢諭吉の人間性には、これっぽっちも・さっぱり・まったく・全然・どうしようもなく “愛” が感じられない。現在、日本国の最高額紙幣に刷られているこのオッサン、「相応しくないだろう」 って思う。聖徳太子に戻した方がいい。
バブル崩壊の頃、福沢さんに替わったのだけれど、それ以降、日本経済は殆ど沈滞続きでなかなか浮上できていないし、格差是認社会になってしまっている。聖徳太子に比べたら福沢諭吉なんて、圧倒的に霊格が低いからこうなるのである。
もっとも恐ろしい存在は、貧しくて知恵のある者である。・・・・世の中のすべての仕組みを不公平なものだとみなし、しきりにこれにむかって攻撃を試み、私有財産制度をやめろとか土地を民衆の共有にしろとかいう。そのほか賃金の値上げ、労働時間の短縮など、みんなこういった連中の仕業である。・・・知恵があるために、自分の境遇を苦痛と感じる能力があり、満足することができない。 ・・・(中略)・・・ 。貧しいものに教育を与えることは、利益もあるが害もあるということを、考えなければならない。(p.36-37)
「どっひゃ~~~」 である。福沢諭吉って、露骨に上から目線の政治家だったってことがよく分かる。「遺伝之能力」 という評論では、アイヌは遺伝的に能力が劣るから、どんなに教育しても慶応義塾の教員にはなれない、とも書いている。
これらの記述を読む限りにおいて、福沢諭吉の人間性には、これっぽっちも・さっぱり・まったく・全然・どうしようもなく “愛” が感じられない。現在、日本国の最高額紙幣に刷られているこのオッサン、「相応しくないだろう」 って思う。聖徳太子に戻した方がいい。
バブル崩壊の頃、福沢さんに替わったのだけれど、それ以降、日本経済は殆ど沈滞続きでなかなか浮上できていないし、格差是認社会になってしまっている。聖徳太子に比べたら福沢諭吉なんて、圧倒的に霊格が低いからこうなるのである。
【駐留米兵の維持費】
なんでこんなに桁違いになっちゃっているのか、理由が書かれていないけれど、1972年の沖縄施政権返還に際しては、おそらく基地問題に絡んで相当な額のアメリカへの利益供与があったのであろうし、その時点で高止まりしていた額に、更なる日本の高度経済成長が重なって、「おもいやり予算」 などういう美名付きで桁違いになってしまったのだろう。
ドイツは駐留米兵ひとりあたり年間約1万ドル、韓国は約2万ドルしか、それぞれの政府は出費していない。それにたいして、日本は約12万ドルだから、ケタがちがう。 (p.120)
一時は廃止されたものの、1978年から 「思いやり予算」 という名前で復活した駐留米軍に関わる費用を駐留米兵一人あたりに換算すると12万ドル。なんでこんなに桁違いになっちゃっているのか、理由が書かれていないけれど、1972年の沖縄施政権返還に際しては、おそらく基地問題に絡んで相当な額のアメリカへの利益供与があったのであろうし、その時点で高止まりしていた額に、更なる日本の高度経済成長が重なって、「おもいやり予算」 などういう美名付きで桁違いになってしまったのだろう。
【サンフランシスコ講和条約での賠償請求権の扱い】
終戦から6年後の1951年に締結された、敗戦国・日本に関するサンフランシスコ講和条約。
終戦から6年後の1951年に締結された、敗戦国・日本に関するサンフランシスコ講和条約。
(沖縄のアメリカによる施政権継続など)軍事的にアメリカ側に有利な条件をつけたかわりに、アメリカは日本に有利な条件を講和条約に盛りこんだ。それは、講和条約に調印した国は、戦争で日本から受けた損害の賠償請求権を、放棄するというものだった。(p.122)
もともと、第一次世界大戦のあとに、ドイツに多額の賠償金を課した結果、ドイツがひどい経済状態におちいり、それに不満を持ったドイツ国民の支持をえてナチスが台頭してしまったという歴史への反省も、西洋諸国にはあった。だから、あまり過酷な賠償を敗戦国に課すのはよくないという意見は、アメリカ以外にも存在した。(p.123)
しかし、賠償請求権の放棄に関してアジア諸国は満足していなかった。
もともと、第一次世界大戦のあとに、ドイツに多額の賠償金を課した結果、ドイツがひどい経済状態におちいり、それに不満を持ったドイツ国民の支持をえてナチスが台頭してしまったという歴史への反省も、西洋諸国にはあった。だから、あまり過酷な賠償を敗戦国に課すのはよくないという意見は、アメリカ以外にも存在した。(p.123)
そうした国々への賠償の形態は、日本の経済的復興を助けるために、日本に原料を提供し、それを日本の工場で加工させるという、「役務賠償」 というかたちに限定され、あとは日本と各国が個別に交渉することになった。つまり賠償も、日本の経済復興に役立つ形式にされたわけだ。(p.125)
賠償請求権放棄に関する各国の対応や、個別に交渉された内容についても書かれているので、知りたい方は、自分でこの書籍を買って読んでください。
【韓国への経済援助】
これに関しては、日韓政治経済 のフォルダー内の文章に記述している。
日本と韓国は同じ西側陣営ということで、賠償や経済援助に関しては、アメリカが真ん中で双方に圧力をかけることで決着してきたという経緯がある。
国家よって戦争が遂行されながら、被害者である民衆は、国家間の裁定や戦後統治者の影響力によって殆どのところ報われていないのである。日本兵として戦った韓国や台湾の人々や、ロシアに抑留された64万人の日本人など、このような不合理な実例は、調べれば世界中にいくらでもあることだろう。
《参照》 『中国人の99.99%は日本が嫌い』 若宮清 (ブックマン社)
【高砂義勇隊】
これに関しては、日韓政治経済 のフォルダー内の文章に記述している。
日本と韓国は同じ西側陣営ということで、賠償や経済援助に関しては、アメリカが真ん中で双方に圧力をかけることで決着してきたという経緯がある。
そもそも、アメリカは韓国に経済援助を行うよう日本政府にも圧力をかけたのだけれど、それは当時激しくなりつつあったベトナム戦争への韓国軍の派兵を実現させるための、資金づくりが目的だったといわれる。そうした経緯のため、戦争や植民地支配で被害を受けた人への補償にまわされたお金は、無償供与3億ドルのうち、たった5.4%だった。(p.146)
同じようなことは、アジア各国でも生じている。国家よって戦争が遂行されながら、被害者である民衆は、国家間の裁定や戦後統治者の影響力によって殆どのところ報われていないのである。日本兵として戦った韓国や台湾の人々や、ロシアに抑留された64万人の日本人など、このような不合理な実例は、調べれば世界中にいくらでもあることだろう。
《参照》 『中国人の99.99%は日本が嫌い』 若宮清 (ブックマン社)
【高砂義勇隊】
【冷戦の終結と補償訴訟の再燃】
日本は、役務賠償として各国の経済援助に多大な貢献をし続けてきた。それによってそれぞれの国は経済的に発展してきた。日本が与えた戦争被害と、日本が与えた経済援助に代替された戦後補償は、釣り合う以上に大きな発展となって他国に豊かさをもたらしているけれど、それらが被害者に直接還元されているわけではないから、この様なことになってしまう。
韓国から、もと 「従軍慰安婦」 だった女性たちが日本政府に補償をもとめた東京地裁に提訴したのは、まさにソ連が崩壊した1991年12月であり、88年に韓国が民主化した3年後のことだ。これを皮きりに、アジア各地の民衆のあいだから、日本政府に補償を求める訴訟があいついで出てくることになった。(p.151)
ソビエトが崩壊し、西側陣営としての結束の必要性がなくなったので、この様なことになった。日本は、役務賠償として各国の経済援助に多大な貢献をし続けてきた。それによってそれぞれの国は経済的に発展してきた。日本が与えた戦争被害と、日本が与えた経済援助に代替された戦後補償は、釣り合う以上に大きな発展となって他国に豊かさをもたらしているけれど、それらが被害者に直接還元されているわけではないから、この様なことになってしまう。
【サンフランシスコ講和条約第11条】
中国側からすれば、 「賠償請求権を放棄したのだから、東京裁判の被告であるA級戦犯を祀っている靖国神社を、首相が参拝するのは、講和条約第11条に反する」 ということになる。
日本側からすれば、 「日本からの膨大なODAなどの資金的技術的援助を受けていながら、靖国神社参拝に文句を言うのはお門違いである」 ということになる。
このすれ違いの言論バトルを鎮静化させたのは、天皇陛下のA級戦犯に関する考えと行動だった。
おおくの国に賠償請求権を放棄してもらうかわりに、講和条約第11条では、東京裁判をはじめとした 「連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾」 することが日本に義務づけられた。 (p.125)
「賠償請求権の放棄」 と 「東京裁判の受諾」 がリンクしているところがミソである。中国側からすれば、 「賠償請求権を放棄したのだから、東京裁判の被告であるA級戦犯を祀っている靖国神社を、首相が参拝するのは、講和条約第11条に反する」 ということになる。
日本側からすれば、 「日本からの膨大なODAなどの資金的技術的援助を受けていながら、靖国神社参拝に文句を言うのはお門違いである」 ということになる。
このすれ違いの言論バトルを鎮静化させたのは、天皇陛下のA級戦犯に関する考えと行動だった。
昭和天皇は、A級戦犯が合祀されたあとは、それまで行っていた靖国神社への参拝をやめてしまった。側近の証言によると、「陛下は、 〔A級戦犯の〕 合祀を聞いた時点で参拝をやめるご意向を示された」 という。(p.159)
【お勧め本 : 『〈民主〉と〈愛国〉』 】
日本の戦後について、もっとくわしく知りたい人は、私の書いた 『〈民主〉と〈愛国〉』 (新曜社) という本を読んでみるといい。かなり厚くて高い本だけど、読みにくい本ではないし、きっとためになると思う。(p.189)
冒頭にも記述したように、高く評価されているこの著作は、国際関係を専攻している学生にとっては必読書なのだろう。それ以外の人々なら、ふり仮名つきのこの本でいいかもしれない。
<了>