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 かつて仏教を学び始めた頃、あれほど真摯に感受していたのに、今は既に忘れ去られた遺物を傍観的に眺めているような気分でしか読むことができない。
 「入門」 と題されているほどだから、まさにそのような内容であるけれど、今のチャンちゃんには、直接仏教とは関係ないことの方が印象に残りやすいとすら言える。
 日本人でありながら、仏教教学だけの知識で完了してしまっている人って、つまらなさ過ぎる。

 

 

【誕生の聖地:ルンビニー】
 お釈迦さまの誕生地は、ルンビニーですが、これはネパールの中です。インドではありません。(p.21)
 インド哲学という学問の範疇では、ネパールとインドの国境線など意味はないけれど、一般的には、仏教はインドの思想と言われているから、生誕地がネパールと聞くと、ちょっと “あれっ” と思う。

 

 

【布教の聖地:ベナレス】
 衣服の類は、すべてカーシー産のものであった。つまりベナレス産です。カーシーというのはベナレスの昔の名前です。ベナレスというところは、昔から織物工業の盛んなところです。釈尊の時代あたりから始まっていて、近世になってもやはり紡績の中心地でした。近代思想が起こる場合、資本主義というのはどこの国においても綿業資本と結びついて発展しますね。インドでもそうで、ベナレスから近代思想が起こっています。(p.59-60)
 イギリスの産業資本に席巻されるまで、ベナレスがインドの織物の中心地だったという。

 

 

【準支配者としてのシーク教徒】
 イギリスが香港とかシンガポールを統治する場合に、自分ではやらないのです。人数も足りないから、それでシクやグルカの傭兵を使うのです。この点で、イギリスはなかなか巧妙です。(p.71)
 なるほど、それでシーク教徒は “カースト外“ なわけか。
   《参照》   『驚異の超大国インドの真実』 キラン・S・セティ  PHP研究所
                【シーク教徒】
 自分がシーク教徒の場合は、シークが植民地支配者側であったことを言いたくないから、「カースト外」 とまでは言っても、その理由を言わない。
 当たり前のことであるけれど、歴史的なことを知りたいときは、著者の立場を先に知っておくべきである。立場上不都合なことは書かないもの。歴史は複数の著者の記述を読まなければ、本当のところは分からない。

 

 

【同意のしるし】
 インド人と話していると、こちらの話に同意しているはずなのに、頭を横に振るのです。おかしいなと思ったら、向こうではそれが賛成の意志表示なのですね。(p.150)
 これは、上掲書の中にも書かれていた。

 

 

【 『カウティリヤ実理論』 】
 昔のインドでは、人生には三大目的、あるいは四大目的があるといいました。愛欲と実利と義務と解脱です。 ・・・(中略)・・・ 。 『カウティリヤ実理論』 でもこれを説くのですが、 ・・・(中略)・・・ そのうちでいちばん大事なのは実利である。人生は金がなければだめだ、恋愛の勝利者になるにも、道徳を維持するにも、結局は金がなければだめだというのですね。非常に現実的です。(p.82)
 いままでインドの文化というと、インドは詩の国、夢の国、宗教の国、文芸の国、そう思われていた。ところがこの本が見つかってから、実はそればかりではない、インドには利にさとい面もある、ことに悪い意味の官僚制度がこんなに行われていたところだ、ということがわかったのです。(p.84)
 現実離れした老子や孟子の思想に傾きすぎた戦乱状況下の中国に孔子が生まれたように、実利に傾きすぎた繁栄の中心地ベナレスのインドに釈迦が生まれたのだろう。行き過ぎを糺す思想を語ると聖人である。

 

 

【成道の聖地・ブッダガヤー】
 (釈尊は)苦行をやめて、ブッダガヤーの菩提樹のもとで悟りを開いた、といわれています。 ・・・(中略)・・・ 。ガヤーは、古来ヒンドゥー教の霊場です。 ・・・(中略)・・・ 。「ガヤー」 の前に 「ブッダ」 をつけて 「ブッダガヤー」 と名づけたのです。(p.124)
 なんだ、それだけのことだったのか。
 チャンちゃんガヤーは、チャンちゃん霊場。
 ウルサイガヤーは、うるさい霊場 = 関西(よしもと)弁。

 

 

【バラモンの仁義】
 バラモンどうしが出会ったときには、仁義をきるのですね。それがちょうど日本の侠客の仁義にそっくりなのです。自分の出生、姓、カースト、父の名、そういうことを全部いいます。(p.129-130)
 「バラモン道 vs 仁侠道」 とかいう日印合作映画を作ったりなんかして。

 

 

【仏教の守護神】
 梵天というのはヒンドゥーでは世界創造神で、当時最高の神と考えられていました。いちばん古い時代の 『リグ・ヴェーダ』 では、いちばん偉い神さまはインドラでした。これが帝釈天ですね。ところが思想が発展してウパニシャド哲学では、ブラフマンとう絶対原理を考えるようになりました。これは抽象概念です。そういう抽象的なものは、一般の民衆はなかなか理解しにくいから、それを人格神として考える。それが梵天です。梵天というのは、当時の一般人が崇拝していた最高の神なのです。
 その神さまがお釈迦さまに説法を勧めた。仏法守護の神というのは、ここから始まります。仏法守護でいちばん偉いのは帝釈天と梵天です。
 仏教側の御随意な解釈なのだろうけれど、仏教の解釈では、確か、帝釈天はトウリ天という処で阿修羅王と戦っていることになっている。梵天は、何処だっけ・・トソツ天? 忘れた。

 

 

【世界と人間を賛美したお釈迦さま】
 サンスクリットのテキストには釈尊の感慨として、
「ああ、この世界は美しいものだし、人間の命は甘美なものだ」
 という言葉があります。これを漢訳では、
「この世界の土地は五色もて画いたようなもので、人がこの世にうまれたならば、生きていることは楽しいことだ」
 とあります。
 釈尊はこのとき、もう自分の運命には気づいておられたと思います。 ・・・(中略)・・・ 。
 これは後代の伝統的、保守的仏教の教義では、あまり好ましくないことなのですね。さとったはずの修行者が、「この世はいいところだなあ」 などといったら、さとっていないということになるのでしょう。だから後代の教学者から見ると、都合の悪い発言です。けれども経典の中に、お釈迦さまの言葉としてはっきりと残されているということは、やはりお釈迦さまの人間としての正直な感慨が現れているから、後代の人もこの部分を消し去ることができなかったのだろうと思います。(p.206-207)
 歴史の記録が、支配者サイドの御都合主義でできているのはいうまでもないけれど、宗教教学だってそんなもんである。自分にとって都合のいいところばかり拾ってくる。
   《参照》   『なんでだろうアメリカ』 みなみななみ  休息的時間
                 【文献依存の愚か】

 

 

【太陽の子孫】
 釈尊の家系は、古い詩ではしばしば太陽の末裔と謳われています。これを漢訳仏典では 「日種族」 といっています。つまり太陽の子孫です。(p.14-15)
 中村先生の本にはこれだけしか書かれていないけれど、ここから先こそが日本人と世界史にかかわる最重要事項なのである。
   《参照》   『神界革命』 三原資忍  サン企画
            【太陽族の復活】 
            【釈迦は日本に来ていたのか?】

 

<了>
 

  中村元・著の読書記録

     『ブッダ入門』

     『温かなこころ』